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翻刻
三郎左衛門。同(おなしく)山(さん)三郎 父子(ふし)を。守役(もりやく)として付(つけ)おかれぬ。扨(さて)桂之助(かつらのすけ)の継母(けいぼ)。蜘(くも)
手(で)の方(かた)といふは。志(こゝろざし)毒悪(どくあく)にして。かねて桂之助(かつらのすけ)夫婦(ふうふ)をにくみいかにもして
桂之助(かつらのすけ)を失(うしな)ひ。実子(じつし)花形丸(はながたまる)を。家督(かとく)にせまほしと思(おも)ひ居(ゐ)けるが。思(おも)ひよらず
桂(かつら)之助 勘当(かんだう)の身(み)となりたれば。心中(しんぢう)ひそかに喜(よろこ)び。もし又 月若(つきわか)家督(かとく)にならん
こともやとおもへば。何(なに)とぞしてかれ等(ら)母子(ぼし)を失(うしなは)んとたくみぬ。しかりといへども
かれ等(ら)には。忠臣(ちうしん)名古屋(なごや)父子(ふし)つきそひ居(い)て。片時(へんし)も心(こゝろ)をゆるさねば。いかにとも
せんかたなく打過(うちすぎ)けるが。不破(ふは)道犬(だうけん)奸智(かんち)ふかければ。蜘手(くもで)の方(かた)の心底(しんてい)
悪意(あくい)あることを見(み)ぬき。これ我(わが)大望(たいまう)をとぐるよき便(たより)なりとおもひ。一時(あるとき)蜘(くも)
手(で)の方(かた)に近(ちか)づき。好意(かうい)深(ふか)き体(てい)にいひなして探(さぐ)りこゝろ見(み)るに。果(はた)して月(つき)
若(わか)母子(ぼし)を矢(うしな)ひ。花形丸(はながたまる)を家督(かとく)にしたき望(のぞ)みなれば。道犬(だうけん)しかるうへは
何事(なにごと)も某(それがし)にまかせ玉へ。よきにはからひまいらせんとうけがひけるにぞ。蜘手(くもで)のかた
なのめならず喜(よろこ)びぬ。かくて道犬(だうけん)蜘手(くもで)の方(かた)と密談(みつだん)し。先(まづ)月若(つきわか)を呪咀(しゆそ)
すべきにきはめ。其比(そのころ)よく呪咀(しゆそ)の法(ほふ)を学得(まなびえ)たる。頼豪院(らいがういん)といふ修験者(しゆげんじや)を
ひそかにまねき。射物(しやもつ)をおほく与(あた)へてたのみけるに。貪欲(とんよく)深(ふか)きものなれば。速(すみやか)
にうけがひ。密室(みつしつ)にとぢこもりて修法(じゆほふ)にぞかゝりける。さるほどに平群(へくり)の下(しも)
館(やかた)には。銀杏前(いてふのまへ)月若(つきわか)母子(ぼし)両人(りやうにん)移住(うつりすみ)。名古屋(なごや)父子(ふし)これを守護(しゆご)して
ありけるが。月若(つきわか)はことし已(すで)に十一 才(さい)にぞいたりける。しかるに月若(つきわか)偶(ふと)病(やまひ)を生(しやう)じて
打臥(うちふし)。寝食(しんしよく)安(やす)からず。次第(しだい)に痩(やせ)おとろへ。良医(れうい)をえらび霊薬(れいやく)を与(あた)ふる
といへども。更(さら)にしるしなく。たま〳〵眠(ねぶ)ればおそはれおびゆること度(たび)々なり。
殊更(ことさら)怪(あやし)むべきは。深夜(しんや)にいたれば看病(かんびやう)の男女(なんによ)おぼへずねふりを生(しやう)じ。
鼠(ねずみ)おほく出(いで)て病床(びやうしやう)を飛(とび)めぐる。後(のち)には昼(ひる)も出(いで)て人(ひと)をもおそれず。しだい〳〵に
充満(じうまん)し。月若(つきわか)の髪(かみ)の毛(け)をくらひ。肉(にく)をもくひやぶり。頭(かしら)に毒瘡(どくそう)を発(はつ)して