翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: 模範解答付きコレクション1

昔話稲妻表紙 - 翻刻

昔話稲妻表紙 - ページ 56

ページ: 56

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呪文(じゆもん)をとなふれば。忽(たちまち)暴風(ぼうふう)ふきおこり。庭(には)の樹木(じゆもく)の葉(は)をちらし。池水(いけみづ)を 巻(まき)あげ。寝殿(しんでん)大(おほい)に震動(しんどう)し。瓦落(ぐわら)々々(〳〵)と鳴(なり)どよみて。今(いま)も崩(くづるゝ)かとおも はれけり。時(とき)に若君(わかぎみ)の声(こへ)として。あなや〳〵とおめき玉へば。大勢(おほぜい)の声(こへ)として 泣悲(なきかな)しみてかまびすし。聞(きく)にたへざる山(さん)三郎。那裏(かしこ)も気(き)づかひ。這裏(こゝ)も 去(さら)れず。ふたゝび刀(かたな)を打(うち)ふりてきらんとせしが。頼豪院(らいがういん)口(くち)より数(す)十の鼠(ねずみ)を 吐(はき)。その鼠(ねづみ)山三郎に飛(とび)かゝり。五体(ごたい)すくみてはたらかれず。あな口(くち)おし残念(ざんねん) といひつゝ。又きりつくれば忽(たちまち)に。頼豪院(らいがういん)が形(かたち)きへうせて。唯(たゞ)雲(くも)霧(きり)の とぢふさがりたるごとくにて。あやめもわかぬ庭上(ていしやう)に。只(たゞ)ひとり山三郎。挙(こぶし)を にぎり歯(は)をかみならし。虚空(こくう)をにらみて立(たつ)たりけり。頼豪院(らいがういん)はあやうく 身をのがれたりといへども。山三郎が忠義(ちうぎ)一図(いちづ)に精神(せいしん)をこめたる手(しゆ) 裏剣(りけん)の疵(きず)治(ち)せずして。呪咀(しゆそ)の法(ほふ)忽(たちまち)に破(やぶ)れければ。おのづから若君(わかきみ)の 病(やまひ)日(ひ)を追(おひ)て怠(おこた)り危(あやうき)命(いのち)をたもちけり   八 暗夜(あんや)の駿馬(しゆんめ) 扨(さて)も蜘手(くもで)のかたは。頼豪院(らいがういん)の修法(じゆほう)破(やぶ)れ。月若(つきわか)快気(くわいき)のよしを聞(きゝ)て。大に 力(ちから)をおとし。此(この)うへはいかなる計(はかり)をもつてか。彼等(かれら)を失(うしな)ふべきと。道犬(たうけん)をめして 密談(みつだん)ありけるに。奸智(かんち)おほき道犬(だうけん)。少(すこ)しも屈(くつ)せず。再(ふたゝび)又(また)一計(いつけい)を生(しやう)じ。蜘手(くもで)の 方(かた)の耳(みゝ)につきてさゝやけば。蜘手(くもで)の方(かた)とくと聞(きゝ)。これきはめて妙計(めうけい)なり と喜(よろこ)び。いつはりて重病(ちゆうびやう)の体(てい)をなし。ものくるはしきさまをなしければ。判官(はんぐわん) 貞国(さだくに)大におどろき。道犬(だうけん)をめして医療(いれう)のことを相談(さうだん)あるに。道犬(だうけん)申し けるは。。奥方(おくがた)の御容体(ごようだい)をうかゞふに。たゞことならず。まさしく邪崇(じやすい)の所為(しよい)と おぼへ候へば。たとひ耆婆(ぎば)扁鵲(へんじやく)が神方(しんはう)なりとも。薬(くすり)の力(ちから)をもつてすくひ 申すことはかなふべからず。近曽(ちかごろ)京都(きやうと)より下(くだ)りし。頼豪院(らいがういん)といふ修験者(しゆげんしや)。