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安部(あべ)の晴明(せいめい)が金烏玉兎(きんうぎよくと)の神書(しんしよ)を家伝(かでん)し。卜筮(ぼくぜい)に妙(みやう)を得(え)たる
ものに候へば。かれをめしてうらなはせ。おん聞(きゝ)あれかし。幸(さいはひ)唯今(たゞいま)某(それがし)宅(たく)に参(まい)り
居(ゐ)候と申す。貞国(さだくに)これを聞(きゝ)それいそぎてめしよべとおふせけれは。道犬(たうけん)
かしこみ候とて。やがて私宅(したく)にいひつかはしけり。頼豪院(らいがういん)は額(ひたい)の疵(きす)やう
やく癒(いへ)。再(ふたゝひ)道犬(だうけん)が奸計(かんけい)にくみしけるが。召(めし)に応(おう)じて。貞国(さだくに)の目どほりに
まかりいでぬ。身(み)の丈(たけ)たかく眼中(がんちう)光(ひか)り。斬髪(ざんはつ)ちゞれてらほつのごとく。兜巾(ときん)
篠懸(すゞかけ)に。紅紗(こうしや)の衣(ころも)を着(ちやく)し。最多角(いらたか)の念珠(ずず)を袖(そで)くゝみに持(もち)。中啓(ちうけい)
の扇(あふぎ)を把(とり)。あたりもまばゆき金張付(きんばりつけ)の広坐敷(ひろざしき)に。おめずおくせず
坐(ざ)したる体(てい)。誠(まこと)にいかなる悪魔(あくま)をも。降伏(ごうぶく)すべき骨柄(こつがら)なり。貞国(さだくに)まづ
初見(しよけん)の挨拶(あいさつ)おはり。奥方(おくがた)の病体(びやうたい)を告(つげ)て卜筮(ぼくぜい)を乞(こい)れけるに。頼豪院(らいがういん)
恭(うや〳〵し)く卦(け)を敷下(しきくだ)し。孝(かんがへ)を施(ほどこ)していはく。奥方(おくがた)の御病気(こびやうき)。全(まつた)く呪咀(しゆそ)する
者(もの)ありて。苦(くる)しめ申すに疑(うたかひ)なし。今四五日を過(すぎ)なば。御命(おんいのち)危(あやう)かるべし。
若(もし)疑(うたがは)しくおぼし玉はゞ。御寝所(ごしんしよ)の庭中(ていちう)。艮(うしとら)の隅(すみ)の土中(どちう)三尺をほらせ
見たまはゞ。分明(ふんめい)なるべしといふ。貞国(さだくに)半信半疑(はんしんはんぎ)ながら。近仕(きんじ)の士(もの)に命(めい)じ
玉へば。近仕(きんじ)の士(もの)かしこにいたり。土中(どちう)をほらしむるに。果(はた)して一合(いちがう)の白木(しらき)の
箱(はこ)を得(え)て携(たづさ)へ来(きた)り。貞国(さだくに)にたてまつる。貞国(さだくに)これをひらき見るに。内(うち)に
大小二ツの藁人形(わらにんぎやう)ありて。すき間(ま)もなく釘(くぎ)を打(うち)たり。貞国(さだくに)大に驚(おどろ)きて。
頼豪院(らいがういん)が詞(ことば)を奇(き)なりとし。これ呪咀(しゆそ)にうたがひなけれど。別(べつ)に一物(いちもつ)も
なければ。何人(なにびと)の所為(しはざ)なるや。分別(ふんべつ)しがたしといはれけるに。頼豪院(らいがういん)膝(ひさ)を
すゝめ。凡(およそ)呪咀(しゆそ)の法(ほふ)には。願書(ぐわんしよ)なくてはかなひがたし。其(その)箱(はこ)これへといひて
箱(はこ)を取(とり)あげ。つら〳〵見て。やがて扇(あふぎ)の尻(しり)をもつて。箱(はこ)の底(そこ)をつきぬき
けるに。かさね底(そこ)にして其(その)うちより一通(いつつう)の願書(ぐわんしよ)出(いで)たり。貞国(さだくに)これを