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飛(とび)くだるひまもあらせず。伴(ばん)左衛門が斬(きり)つくる白刃(しらは)の稲妻(いなづま)。目前(もくぜん)に閃(ひらめき)
ければ。老功(ろうこう)頓智(とんち)の三郎左衛門。馬(うま)のかげに身(み)を避(さく)るにぞ。伴(ばん)左衛門が
刀(かたな)いたづらに鐙(あぶみ)にはつしときりつけて。火花(ひばな)ぱつと飛散(とびちつ)たり。暗夜(あんや)といひ
木立(こだち)しげき所(ところ)なれば。一寸(いつすん)さきも見わからず。藻屑(もくづの)三平 土子(つちこ)泥助(でいすけ)馬(うま)の
脚音(あしおと)を心(こゝろ)あてに。前後(ぜんご)よりきりつくるに。目(め)あてちがひ思(おも)はず両人(りやうにん)同士(たうし)
打(うち)に丁(ちやう)ど打合(うちあは)す剣(つるぎ)の下(した)を。くゞりぬけて三郎左衛門。はらひぎりにきる
刀(かたな)。大上(いぬがみ)雁八(がんばち)が鼻(はな)のさきに光(ひり)ければ。胸(むね)ひやりとしてのけぞりけり。伴(ばん)左衛門
心中(しんちう)に。此時(このとき)を過(すご)さばいつか恨(うらみ)をはらさんと思(おも)ひつゝ。息(いき)をこらしてうかゞへば。三平
泥助(でいすけ)雁(がん)八 等(ら)も。あたりを探(さぐ)りて立(たち)まはり。或(あるひ)は互(たがひ)に同士打(どしうち)して薄手(うすで)をおひ。
或(あるひ)へ木立(こだち)にきりつけて気(き)をいらつ。三郎左衛門は。今宵(こよひ)にせまる大事(だいじ)を
かゝへたる身(み)なれば。好(このみ)て戦(たゝかふ)心(こゝろ)なく。早(はや)く此場(このば)をのがればやと気(き)はせけども。
四人の者(もの)にかこまれてせんすべなく。うかゞひすましてきりつくる刀(かたな)。三平が
片耳(かたみゝ)をそぎ。二の太刀(たち)に雁八(がんはち)が小指(こゆび)をきり落(おと)しければ。両人(りやうにん)心(こゝろ)臆(おく)して
はたらくことあたはず。さて泥(でい)助がさぐりよつたる刀(かたな)のきつさき。三郎左衛門が
刀(かたな)に丁(ちやう)ど打合(うちあはせ)たがひにこゝぞと思ひつゝ。丁(ちやう)々はつしと打合(うちあふ)たり。伴(ばん)左衛門
その太刀音(たちおと)を心(こゝろ)あてに。抜足(ぬきあし)して。背後(うしろ)より。勢(いきほひ)こみて切(きり)つくる刀(かたな)。あや
またず。三郎左衛門が肩尖(かたさき)。七八寸 切(きり)こみぬ。痛手(いたで)に屈(くつ)せぬ強気(がうき)と
いへども。さすが老人(ろうじん)なれば。たぢ〳〵とよろめく所(ところ)を。伴(ばん)左衛門。たゝみかけて
左(ひだ)りの脇腹(わきはら)を深(ふか)く切(きり)こみければ。三郎左衛門こらへず一声(ひとこへ)呀(あ)とさけびて。
尻居(しりゐ)に噇(どう)たふれたり。伴(ばん)左衛門 探(さぐ)りより。髻(もとゞり)つかみてねぢふせ。これは
伴(ばん)左衛門 重勝(しげかつ)なり。いかに山三郎。汝(なんぢ)君命(くんめい)とはいひながら。先年(せんねん)我(われ)を辱(はづかし)め
たる恨(うらみ)。骨髄(こつずい)にとをりて忘(わす)れがたし。今(いま)其(その)仇(あた)を報(むくゆ)るぞとて懐中(くわいちう)より。