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着(き)かへ。椽先(ゑんさき)に馬(うま)をひかせてひらりと打乗(うちのち)。供人(ともびと)のそろふひまもおそしと
心(こゝろ)せき。鹿蔵(しかぞう)といふ下部(しもべ)に提灯(てうちん)もたせ。走出(はせいで)んとしたるに。三郎左衛門が刀(かたな)
鞘(さや)ばしりければ。山三郎 気(き)にかゝり。轡(くつは)づらにとりつきつゝ。親人(おやびと)御如在(ごぢよさい)はある
まじきが。道犬(だうけん)は奸智(かんち)おほき者(もの)なれば。かならず彼(かれ)が計(はかりこと)におち。ともに
罪(つみ)を得(え)玉ふな。一言(いちごん)の詞(ことば)も心(こゝろ)をつけてのたまへといへば。三郎左衛門打
うなづき。それ合点(がてん)なり。かならず気(き)づかふ事(こと)なかれ。かゝる内乱(ないらん)のときは。
御側(おんそば)近(ちか)き者等(ものども)にも油断(ゆだん)ならねば。唯(たゞ)御二方(おんふたかた)をよく守護(しゆご)すべしといひ
捨(すて)て。一鞭(ひとむち)あて。飛(とぶ)がごとくに走(はし)りゆく。山三郎 身(み)をそばたてゝ。かげ見ゆる
まで見おくりけるが。折(をり)しもねぐらにもぐる夕烏(ゆふからす)。いと悲(かな)しげに鳴(なく)を聞(きゝ)。かく烏(からす)
なきのあしきは。御二方(おんふたかた)の御身(おんみ)のうへか。親人(おやひと)の身のうへか。いづれにも
あれ。あな気(き)づかはしと吐息(といき)して。胸(むね)をいたむるばかりなり。これぞ一世(いつせ)の別(わかれ)
とは。後(のち)にぞ思(おも)ひしられける。爰(こゝ)に又 不破(ふは)伴(ばん)左衛門 重勝(しげかつ)は。先年(せんねん)君命(くんめい)
とはいひながら。名古屋(なごや)山三郎に。草履(ざうり)をもつて面(おもて)を打(うた)れしを。ふかく
遺恨(いこん)に思(おも)ひ。笹野(さゝの)蟹蔵(がいぞう)。藻屑(もくづの)三平(さんへい)。土子(つちこ)泥助(でいすけ)。犬上(いぬがみ)雁八(がんはち)等(ら)四人の
者(もの)をかたらひ夜(よる)々 平群(へぐり)の館(やかた)の近辺(きんへん)を俳徊(はいくわい)して。山三郎をつけねらひ
けるが。此夜(このよ)も此辺(このへん)に忍(しの)び来(きた)りてうかゞひぬ。此夜(このよ)は宵闇(よひやみ)といひ空(そら)かきくもりて
星(ほし)も見(み)へず。あやめもわかぬ暗夜(あんや)にてありけるが。三郎左衛門 鹿蔵(しかぞう)に提灯(てうちん)
持(もた)せ。馬(うま)を飛(とば)せて急(いそ)ぎ来(く)るを。伴(ばん)左衛門 等(ら)五人の者(もの)。三本傘(さんぼんくわさ)の
紋(もん)つきたる提灯(ちやうちん)を見て。山三郎にうたがひなしと思(おも)ひ。物蔭(ものかげ)より一同(いちどう)に
おどり出(いで)。まづ提灯(ちやうちん)をはつしときり落(おと)せば。鹿蔵(しかぞう)飛(とび)すさり。一腰(ひとこし)に手(て)を
かけて。何者(なにもの)なるやとすかし見る。三郎左衛門は馬(うま)をとゞめ。こは辻斬(つぢぎり)の
曲者(くせもの)か。盗賊(とうぞく)の所為(しわざ)かといひつゝ。肩衣(かたきぬ)はねのけ。一刀(いつとう)を抜(ぬき)ながら。馬(うま)より