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物(もの)に包(つゝみ)し草履(ぞうり)のかたしを取出(とりいだ)し。これはこれ先年(せんねん)汝(なんぢ)我(われ)を辱(はづかし)め
たる上草履(うはぞうり)なり。胆玉(きもたま)にこたへよといひつゝ。連打(つゞけうち)に打(うち)けるにぞ。三郎
左衛門 苦(くる)しげに息(いき)をつき。汝等(なんぢら)は辻切(つぢぎり)か盗賊(とうそく)かと思(おも)ひつるに。さては
伴(ばん)左衛門にてありけるか。我(われ)はこれ三郎左衛門なるはといふ声(こゑ)聞(きゝ)て。扨(さて)は
人たがへせしかと。伴(ばん)左衛門 等(ら)一同(いちどう)におどろきけり。三郎左衛門 刀(かたな)にすがり
て立上(たちあが)り。児子(せがれ)に仇(あた)をむくふにもせよ。だまし打(うち)とは比興(ひきやう)な奴(やつ)。我(われ)
年(とし)こそ老(おひ)たれ。名乗合(なのりあひ)の勝負(しやうぶ)ならば。汝等(なんぢら)ごときの鼠輩(そはい)ども。数(す)
十人 来(きた)るとも物(もの)の数(かず)とはおもはねども。暗打(やみうち)にせらるゝとは。武運(ぶうん)につき
たる身(み)のはてよ。死(しぬ)る命(いのち)はおしからねど。唯(たゞ)心残(こゝろのこ)りは。御二方(おんふたかた)の安否(あんぴ)を
聞(きか)で相果(あいはつ)るかなしさよといひつゝ。よろぼひまわるを伴(ばん)左衛門すかし見て。
合破(がば)と蹴倒(けたふ)し。山(さん)三郎と思(おも)ひの外(ほか)。運(うん)の尽(つき)たるおひぼれめ。山(さん)三に
あらぬは残念(ざんねん)なれど。汝(なんぢ)を打(うち)しも又 此方(このほう)に。幸(さいはひ)とすることあり。間話(むだこと)いはず
とく死(し)ねかしとにくさげに罵(のゝしり)つゝ。めつた切(ぎり)にきりければ。三平(さんへい)。泥助(でいすけ)。雁八等(がんはちら)
も。三郎左衛門が苦痛(くつう)の声(こゑ)をしるべに立(たち)よりて。寸々(ずだ〳〵)に斬(きり)つけ。鱠(なまず)のやう
にぞなしたりける。折(をり)しも寺(てら)〴〵の鐘(かね)打交(うちまぜ)て。諸行無常(しよぎやうむじやう)と告渡(づげわた)り。
小田(をた)の蛙(かわつ)の鳴(なき)たちて。いとゞ哀(あはれ)をそへにけり。僕(しもべ)鹿蔵(しかぞう)は先程(さきほど)より。
笹野(さゝの)蟹蔵(がいぞう)と渡(わた)り合(あひ)。深田(ふかだ)の中(うち)に踏(ふみ)こみて。たがひに呼吸(こきう)の息(いき)を
心(こゝろ)あてに戦(たゝかひ)。双方(そうほう)薄手(うすで)をおひけるが。鹿蔵(しかぞう)三郎左衛門と伴(ばん)左衛門が
いひあふ詞(ことば)を遥(はるか)に聞(きゝ)つけ。扨(さて)は彼奴(きやつ)遺恨(いこん)により。人(ひと)たがへして。はや
御主人(ごしゆじん)を手(て)にかけしかと仰天(ぎやうてん)し。蟹蔵(がいぞう)を捨(すて)て。主人(しゆじん)の声(こえ)する方(かた)へ
探(さぐ)りゆかんとするを。三平 雁(がん)八さはさせじと立(たち)ふさがり。両人(りやうにん)ひとしく切(きり)かけ
たり。鹿蔵(しかぞう)これを丁(ちやう)とうけとめ。又もゆかんとしたる時(とき)。雨雲(あまぐも)はれて一輪(いちりん)の