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かへり。軍人(くんじん)をみちびき。草中(そうちう)にいたりて。孫堅(そんけん)を扶(たすけ)しめしと聞(きく)。
汝(なんぢ)はそれにもまさりしぞといひければ。鹿蔵(しかぞう)も落涙(らくるい)し。畜類(ちくるい)すら主(しゆ)
人(じん)の恩(おん)を思ひて。かくのごとく愁(うれひ)悲(かなしむ)に。人と生(うま)れていかでか洪恩(かうおん)を
思はざらんや。伴(ばん)左衛門 等(ら)。たとへ天(てん)に道(みち)ありて登(のぼ)り。地(ち)に門(もん)ありて入(いる)
とも。某(それがし)が一念(いちねん)の誠(まこと)を以(もつ)て尋出(たづねいだ)し。御本懐(ごほんぐわい)をとげさせ申べしとて。
かの馬(うま)の平頸(ひらくび)をなでまはし。人と畜類(ちくるい)のへだてはあれども。我(われ)も汝(なんぢ)も
傍輩(はうばい)にて。主君(しゆくん)の恩(おん)をかうふりしは同然(どうせん)なるに。我(われ)は汝(なんぢ)にはおとりしぞ。
飢(うへ)はせぬか。飢(うへ)たらんとて。あたりの草(くさ)をとりて与(あた)へ。水(みづ)かひなどしていた
はりけり。山(さん)三郎 幸(さいはひ)の父(ちゝ)が片身(かたみ)の此(この)馬(うま)。これに乗(じやう)じて。落(おち)ゆかんと
いひて。ひらりとのれば。鹿蔵(しかぞう)あたりの枯枝(かれえだ)をひろひとり。火打袋(ひうちぶくろ)を
とり出(いだ)し。火(ひ)を点(てん)じて明松(たいまつ)とし。前(さき)に立(たち)て生駒山(いこまやま)にさしかゝり。名(な)におへる
暗々峠(くらかりとうげ)の難所(なんじよ)も。かねて案内(あない)をしりたれば。口綱(くちづな)をとり馬(うま)を
みちびきて。河内(かはち)の国(くに)へいそぎゆきぬ
十 夢幻(むげん)の落葉(らくえう)
それはさておき爰(こゝ)にまた。六字(ろくじ)南無(なむ)右衛門は。佐々木(さゝき)の館(やかた)の事(こと)気(き)づかは
しく。旅商人(たびあきびと)に身を扮(やつ)し。一荷(ひとになひ)の荷物(にもつ)をかたげ。人目をはゞかり。笠(かさ)ふか
〴〵と面(おもて)をおほひて。大和(やまとの)の国(くに)にいたりけるが。宿(やどり)をもとめおくれて夜に
入(いり)額田部村(ぬかたべむら)をすぎて。柏木(かしわき)の森(もり)の辺(ほとり)をうち通(とほ)りけるに。木蔭(こかげ)に人(ひと)の
うめく声(こゑ)。いと苦(くる)しげにきこえければ。いぶかりつゝ立(たち)より。提灯(ちやうちん)をさしつけて
見るに。よしありけなる女の。むら鹿子(かのこ)の小袖(こそで)の裙(もすそ)をたかくかゝげ。たすき
ひきゆひ。けゞしく打扮(いでたち)たるが。黒髪(くろかみ)をふり乱(みだ)し。数(あまた)所(ところ)痛手(いたで)をおひ。鮮(せん)
血(けつ)したたりながれて。総身(みうち)朱(あけ)に染(そま)り。うつぶしに伏(ふし)て。息(いき)もたえ〴〵也。