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傍(かたはら)にある長刀(なぎなた)を見れば。銀(ぎん)の蛭巻(ひるまき)して。梨地(なしぢ)に。倚懸目結(よせかけめゆひ)の紋(もん)をちら
しに蒔(まき)ぬ。これ佐々木 家(け)の紋なれば。益(ます〳〵)いぶかり。女を抱(いだ)き起(おこ)して顔(かほ)を
見ればこはいかに。月若の乳母(めのと)柏木(かしはぎ)なり。なむ右衛門大に驚(おどろ)きたくはへ
の気(き)つけ薬(くすり)など与(あた)へて。さま〴〵に介抱(いたはり)ければ。やう〳〵目をひらき。おん
身は佐々良(さゝら)三八郎どのにはあらずやといふ。なむ右衛門いはく。おん身いか
なる事(こと)にて。かく痛手(いたで)をおひ。此(この)所(ところ)にはたふれ居(ゐ)玉ふぞ。そのゆゑくはしく
語(かた)り候へといふ。柏木(かしはき)苦(くる)しき息(いき)をつき。今宵(こよい)おん館(やかた)の騤動(そうどう)しか〴〵の事(こと)
にて。姫君(ひめきみ)若君(わかきみ)のおん命(いのち)危(あやう)きにより。姫君(ひめきみ)は名護屋(なごや)山三郎 守護(しゆご)し
ておち行(ゆき)。妾(わらは)は若君を扶(たすけ)申して立のきつるに。途中(とちう)にて追人(おひて)の大勢(おゝぜい)に
とりかこまれ。ほど〳〵若君を奪(うばひ)とられんとしつるゆゑ命(いのち)かぎりに
戦(たゝかひ)。やう〳〵追人(おひて)を斬散(きりちら)して。若君の御身 恙(つゝが)なく。此(こゝ)までは落(おち)
のびつるが。心(こゝろ)は矢猛(やたけ)にはやれども。あまたの深手(ふかで)に歩行(ほこう)かなはずと□
倒(たふ)れて夢中(むちう)になり。おん身(み)の介抱(かいほう)にあづかりしもしらず。おん身(み)先年(せんねん)
藤波(ふぢなみ)を殺(ころ)して。立のがれし事(こと)。実(じつ)は若殿(わかとの)放埒(ほうらつ)の根(ね)をたゝんと。忠義(ちうき)の
為(ため)にせらしれよし。おん内方(うちかた)礒菜(いそな)どのよりの消息(せうそく)にて。始(はじ)めてしりかねて
姫君(ひめぎみ)若君(わかぎみ)にも。おん身(み)の誠心(せいしん)をきこえあげて。折(おり)もあらば帰参(きさん)をと思ひし
かひなく。此度(このたび)の大変(たいへん)なり。さりながら。こゝにておん身(み)にあひたるは。いまだわ
君(ぎみ)の御運(ごうん)尽(つき)ざる所(ところ)也。妾(わらは)此(この)深手(ふかで)にては。とてもかなはぬ命(いのち)なれば。何(なに)とぞ
おん身(み)若君(わかぎみ)をかくまひ申し。再(ふたゝび)世(よ)にいだしまゐらせ玉はれかしと。泣(なく)々ものがたる
うちも。いと苦(くる)しげ也。なむ右衛門 委細(いさい)を聞(きゝ)て十 分(ぶん)に驚(おとろ)き。して若君(わかきみ)
はいづくにおはすぞと。問(とは)れて柏木(かしはぎ)あたりを見まはし。月若(つきわか)のおはさぬをみて
仰天(きやうてん)し。がつくりとおち入(いり)て。所(ところ)の名(な)さへ柏木(かしはぎ)の。森(もり)の雫(しつく)ときえうせぬ。かゝる