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折(おり)しも。茂林(もりん)のうちより。追人(おひて)の人数(にんず)。若君(わかぎみ)の口(くち)に猿轡(さるくつは)を
かけ。小脇(こわき)にかいはさみて走(はし)り出(いで)。やよ〳〵佐々良(さゝら)三八郎。汝(なんぢ)長谷部(はせべの)雲(うん)
六(ろく)といひ合(あは)せ。百蟹(ひやくがい)の巻物(まきもの)を奪(うはひ)。藤波(ふぢなみ)を害(がい)して逃去(にげさり)たる大罪人(たひさひにん)
こゝにて見つけたるは天(てん)の与(あた)へなり。若君(わかぎみ)を奪(うばひ)たるうへに。汝(なんぢ)を捕(とらふ)れは。
両(りやう)の手(て)に美食(びしよく)を握(にぎ)るが如(ごと)し。とく〳〵手(て)をつかねて。いましめをうけ
よ。若(もし)手(て)むかひなどせば。忽(たちまち)若君(わかぎみ)をさし殺(ころ)すぞ。返荅(へんたう)いかにとよばゝれば。
なむ右衛門いそがはしく。地上(ちしやう)にひざまづき。此(この)所(ところ)にておん身等(みら)の目(め)に
かゝりしは。某(それがし)が運命(うんめい)の尽(つき)なり。いかでか手(て)むかひいたすべき。いざとく縄(なは)を
かけられよといひつゝ。手(て)をつかぬれば。追人(おひて)の人数(にんす)くち〴〵に。さすがの三八
郎。覚悟(かくご)の体(てい)殊勝(しゆしやう)なりとて。已(すで)に縄(なは)をかけんとしたる油断(ゆだん)を見す
まし。なむ右衛門つと立上(たちあが)りて一人を踢倒(けたふ)し。若君を奪(うばひ)かへして
背後(うしろ)にかこひ。仁王(にわう)だちに立(たち)たるは。こゝちよき形勢(ありさま)なり。追人(おひて)の人数(にんず)
これを見て。欺(あざむ)かれたる口おしさよ。それ打(うち)とれと呼(よば)はりつゝ。刀尖(きつさき)そろへ
て斬(きり)かけたり。なむ右衛門 手(て)ばやく息杖(いきづへ)に仕(し)こみたる。刀(かたな)を抜(ぬい)て相(あひ)むかひ。
すきまもなく斬(きり)たつれば。追人(おひて)の大勢(おゝぜい)敵(てき)しがたく。春雨(しゆんう)に打(うた)るゝ胡蝶(こてふ)の
ごとく。身をすぼめてぞ逃去(にげさり)ぬ。なむ右衛門 今(いま)は心安(こゝろやす)しと。若君(わかぎみ)の前(まへ)に
ひざまづき。人目をいとひ候へば。此辺(このあたり)を立(たち)のく間(あひだ)。しばしのほどおん気づ
まりにはおはさんが。此(この)うちにおん身(み)をしのびくださるべしとて。月若(つきわか)を荷物(にもつ)
のうちに抱(いだ)き入(いれ)。柏木(かしはぎ)が屍(しかばね)は。あたり近(ちか)き流(なが)れに沈(しづ)めて水葬(すいそ)し。又も
追人(おひて)の来(こ)ぬ間(ま)にと。足(あし)をはやめて走(はし)り去(さり)。丹波(たんば)を斥(さし)てかへりぬ
十一 断絃(だんげん)の琵琶(びは)
さても六字(ろくじ)南無(なむ)右衛門は。若君(わかきみ)を救(すくひ)て我家(わかや)に帰(かへ)り。一間(ひとま)のうちに