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やう〳〵心(こゝろ)やすまりしと。いひければ。いな〳〵我(わが)苦労(くろう)よりおことが事(こと)。妖蛇(ようじや)も今(いま)
に去(さ)らぬよし。其(その)身(み)を以(もつ)て父上(ちゝうへ)に。孝行(かう〳〵)尽(つく)す辛労(しんろう)を。さぞかしと推量(すいりやう)し。
わかれて居(ゐ)ても片時(かたとき)も。わするゝ事(こと)はなかりしぞや。縫物(ぬひもの)髪(かみ)もよく仕(し)
おぼえつるよし。父上(ちゝうへ)の消息(せうそく)にてとく聞(きゝ)ぬとて。うしろむかせ。髪(かみ)のかゝ
りをつら〳〵見まはし。さてもうつくしうよくできしぞ。此(この)きるものも。おこ
とが縫(ぬひ)しか。あつぱれの手(て)ぎはぞ。広(ひろ)き都(みやこ)のうちにすら。おことが如(ごと)き娘(むす)
はまれと。思へばいとゞ妖蛇(ようじや)の事(こと)。おもひいだして不便(ふびん)なりと。何(なに)につけて
も子(こ)をおもふ。親(おや)の心(こゝろ)ぞやるせなき。良(やゝ)ありてなむ右衛門。佐々木(さゝき)の館(やかた)
の騒動(そうどう)。柏木(かしはぎ)が忠死(ちうし)の子細(しさい)。若君(わかぎみ)をかくまひおく事(こと)の。始末(しまつ)を語(かた)り
きかせければ。礒菜(いそな)おどろき。不慮(ふりよ)の御難義(ごなんぎ)。いたはしさよとて泣(なき)ければ。
なむ右衛門。いかほどいふてもかへらぬ事(こと)。そちも文弥(ぶんや)も。久(ひさ)しぶりにて
若君(わかぎみ)に。おん目(め)見へつかまつれとて。楓(かへで)をつけて奥(おく)の一間(ひとま)にいざなはせ。
くろ木(ぎ)の念珠(ねんじゅ)つまぐりて。例(れい)の念仏(ねぶつ)をとなへつゝ。はるかに時刻(じこく)をうつ
しけり。日(ひ)あしも漸々(やうやう)かたふく比(ころ)。京下(きやうくだ)りの古書画(こしよぐわ)の商人(あきびと)。いそがはしげに
はしり来(き)て。前(さき)の日(ひ)見せまうしつる。金岡(かなおか)が百蟹(ひやくがい)の絵巻物(ゑまきもの)。外(ほか)に望人(のぞみて)
いできしゆゑ。唯今(たゞいま)価(あたひ)をお渡(わた)しなければ。望(のぞのみ)の方(かた)へやらねばならず。いかゞ
おぼすやらんといふ。なむ右衛門 打聞(うちきゝ)て。そはあまり火急(くわきう)なり。せめて三日(みつか)ま
ち玉はれかしといへば。商人(あきびと)頭(かうべ)を打(うち)ふり。某(それがし)も旅(たび)がけの事(こと)なれば。三日など
はまたれ申さず。しからば今夜(こんや)。三更(さんかう)の時(とき)までまち申さん。その期(ご)がすぐ
れば。たゞちにかの方(かた)へ売(うり)つかはし候ぞとて。詞(ことば)をつがひて立帰(たちかへ)る。ほどなく外(と)の
方(かた)に人声(ひとごゑ)して。足音(あしおと)ひゞきければ。何事(なにごと)ならめといぶかる間(ま)もなく。村長(むらおさ)に案(あ)
内(ない)させて。捕手(とりて)の輩(ともがら)組子(くみこ)ども。どや〳〵と入来(いりきた)る。組子(くみこ)の頭(かしら)黒星(くろぼし)眼平(がんへい)といふ