翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: 模範解答付きコレクション1

昔話稲妻表紙 - 翻刻

昔話稲妻表紙 - ページ 82

ページ: 82

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者(もの)。首桶(くびおけ)を小脇(こわき)にたづさへ。声(こゑ)あらゝかにいひけるは。汝(なんぢ)佐々良(さゝら)三八郎 今(いま)の 名(な)は六字(ろくじ)南無(なむ)右衛門とやらんいふよし。月若(つきわか)どのをかくまひおく事(こと)。 註進(ちうしん)の者(もの)ありて。大殿(おゝとの)のおん耳(みゝ)にいり。首(くび)打(うち)てまゐれとの厳命(げんめい) なり。汝(なんぢ)自(みづから)打(うち)て渡(わた)すべきや。某(それがし)直(じき)に打(うつ)べきや。返荅(へんとう)いかにとよばゝりぬ。 なむ右衛門 胸(むね)とゞろくといへども。さあらぬ体(てい)をなし。若君(わかぎみ)をかくまひ 申せしなんどゝは。何者(なにもの)が申しけるや。夢(ゆめ)にもしらざる事(こと)なりと。そらうそ ふきていひければ。眼平(がんへい)から〳〵と打笑(うちわらひ)。汝(なんぢ)かくまひおく事(こと)明白(めいはく)なり。しゐて あらがはゞ。此(この)あばら家(や)を踏破(ふみやぶ)りて。家(や)さがしせん。もし又(また)尋常(じんじやう)に首(くび)打(うち)て渡(わた) さば。その㓛(こう)にしり。汝(なんぢ)が旧悪(きうあく)はゆるすべし。返荅(へんとう)により。汝(なんぢ)もともにからめ とりて。藤波(ふぢなみ)を殺(ころ)し。巻物(まきもの)を奪(うばひ)たる。旧悪(きうあく)をたゞすべしと。ほだ しをかけて。せめければ。さすがのなむ右衛門も。ほど〳〵当惑(とうわく)の体(てい) なりしが。魂(たましい)すゑていひけるは。さばがり事(こと)の。あらはるゝうへはせんすべなし。 いたはしながら若君(わかぎみ)の。おん首(くび)打(うち)て渡(わた)し申さん。さりながら。せめて御最(ごさい) 期(ご)の念仏(ねんぶつ)をすゝめ申すその間(あいだ)。しばしの御猶予(ごゆうよ)くだされかしといへば。 眼平(がんへい)うなづき。得心(とくしん)のうへは。しばしの間(あいだ)はまちくれん。しからば今宵(こよい)三更(さんかう) の。時(とき)打(うつ)鐘(かね)を号(あいづ)として。首(くび)うけとりにむかはんずれば。かならず詞(ことば)たがふ べからず。且(まづ)それまでは。村長(むらおさ)かたにまちをらん。首桶(くびおけ)それへうけとるしべとて。 相渡(あひわた)し。人数(にんず)を引具(ひきぐ)しかへりけり。跡(あと)にはひとりなむ右衛門。手(て)を こまぬき頭(かうべ)をたれて。しばし思案(しあん)にくれけるが。良(やゝ)ありていひけるは。巻物(まきもの)の 価(あたひ)百両(ひやくりやう)といふ大金(たいきん)なれば。とても調(とゝのふ)べき手段(しゆだん)はなけれど。一寸(いつすん)のびれば ひろのびるといふ。常言(ことわざ)もあれば。もしよき思案(しあん)もあらんかと。今日(けふ)翌(あす) といひのべしが。それよりもなほ危急(ききう)なるは。若君(わかぎみ)の御身(おんみ)なり。今宵(こよい)に