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やれしばしまち玉へ。いふことありととゞむれば。なむ右衛門いやとゞむるな
なか〳〵に生(いけ)おきて。罪(つみ)つくらせんよりは。一(ひと)思ひに手(て)にかくるが。親(おや)の
慈悲(じひ)ぞといひつゝ。いそ菜(な)をおしのけ。つきのけて。なほきりつけんと
立(たち)まはる。いそ菜(な)は夫(おつと)の手(て)にすがり。その身(み)をしづにひきもどし。息(いき)を
つく〳〵あの金(かね)は。盗物(ぬすみもの)には候はず。まことは娘(むすめ)楓(かへで)が身(み)の代(しろ)にて候と
いへども。なむ右衛門 合点(がてん)せず。妖蛇(ようじや)に見こまれ片輪(かたわ)な娘(むすめ)を。何(なに)
ゆゑに大金(たいきん)出(いだ)してかゝゆべき。なんぢもともにいつはるかとて。にらみつく
れば。いそ菜(な)奥(おく)の方(かた)に打(うち)むかひ。やよ〳〵娘(むすめ)こゝへ来(き)て。父上(ちゝうへ)におことが
心底(しんてい)ものがたれ。はやく〳〵とよばゝれば。娘(むすめ)楓(かへで)一声(ひとこへ)荅(いらへ)てかけいでしが。
文弥(ぶんや)がきられし体(てい)を見て。むせかへりてぞたふれける。いそ菜(な)文弥(ぶんや)を
抱(だき)かゝへ。くるしうあらんが父上(ちゝうへ)に本心(ほんしん)をかたるうち。こらへてくれよといた
はりつゝ。楓(かへで)にむかひ。かなしきはうべなれども。委細(いさい)のわけを父上(ちゝうへ)に。とく
〳〵告(つげ)よと。いはれてやう〳〵顔(かほ)をあげ。なむ右衛門にうちむかひ。
御不審(ごふしん)は理(ことわり)なり。前(さき)の日(ひ)父上(ちゝうへ)おんものがたりに。かねてたづぬる百蟹(ひやくがい)の
巻物(まきもの)。思ひかけず京(きやう)くだりの商人(あきびと)持参(ぢさん)せしが。その商人(あきびと)を捕(とら)へ。出所(しゆつしよ)を
たゞさば。盗人(ぬすびと)の在所(ありしよ)もしれ。巻物(まきもの)も手(て)に入(いる)道理(どうり)と思へども。かなしさは
日蔭(ひかげ)の身(み)。あらはに事(こと)をたゞしがたし。さりとて価(あたひ)は百両(ひやくりやう)といふ大金(たいきん)なれ
ば。とても我(わが)手(て)にいりがたし。我(わが)手(て)にいらねば。末代(まつだい)盗賊(とうぞく)の汚名(をめい)をすゝ
ぐ事(こと)あたはず。金(かね)づくにてこれまでみがきし武士道(ぶしどう)をすて。先祖(せんぞ)の
名(な)までをけがすこと。思へば〳〵無念(むねん)なり。口(くち)おしさよとて男(おとこ)なきになき
玉ひしが。骨身(ほねみ)にしみていたはしく。何(なに)とぞ金(かね)とゝのへてあげ申んと。思へど外(ほか)に仕(し)
かたもなし。幸(さいはひ)京都(きやうと)五条坂(ごじやうざか)の傾城屋(けいせいや)。篠村八幡(しのむらはちまん)の門前(もんぜん)に。旅宿(りよしゆく)し