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あらずと。地獄(ぢごく)ヶ(が)谷(やつ)にて死刑(しけい)にぞ定(さだま)りける。抑(そも〳〵)時頼(ときより)執権(しつけん)と成給ひて
後(のち)は。仁慈(じんじ)を宗(むね)とし。憐愍(れんみん)を主(しゆ)とし給ひ。悪(あく)を懲(こら)し善(せん)を勧(すゝ)むるがゆゑ。
断罪(だんざい)に処(しよ)すべき犯人(ほんにん)もなかりしが。今般(こたび)済田(さいだ)の刑(けい)に処(しよ)せらるゝを聞(きゝ)。
其日(そのひ)朝(あさ)より。老少(らうせう)貴賤(きせん)群(むらかり)て見物(けんぶつ)す。既(すで)に其時刻(そのじこく)になりしかば。済田/嘉傳(かでん)
次(じ)を刑所(けいしよ)に引出(ひきいだ)す。兼(かね)て期(ご)したる事ながら。流石(さすか)一期(いちご)の際(きは)なれば。羊(ひつじ)の歩(あゆみ)
飄々(ひやう〳〵)と。軈(やか)て死地(しち)に座(ざ)するといな。太刀(たち)取(とり)後(うしろ)に廻(まは)り。明(めい)光々(くはう〳〵)たる刃(やいば)をふり
上。既(すで)に首前(くひのまへ)に落(おち)んとせしに。いかゝなしけん太刀取(たちとり)は。呍(うん)と仰向(のつけ)に反(そり)へへり。其侭(そのまゝ)
大/地(ち)に絶倒(せつとう)せり。是(こ)は如何(いか)にと見る間(ひま)に。後(うしろ)に扣(ひか)へし太刀取(たちとり)の。落(おち)たる刃を
ふり上て。首(くひ)を打(うた)んとする処(ところ)に。不審(ふしき)や先(さき)の太刀取(もの)のごとく。又(またも)仰向(のつけ)に嘡(どふ)と倒(たを)
る。警固(けいご)の官人(くはんにん)大に驚(おどろ)き。水(みづ)をそゝぎて両人(れうにん)を呼(よぶ)に。漸(やうや)く正気(せうき)に立(たち)かへりて。
鑑察使(かんさつし)の前(まへ)に蹲(うづくま)り。去(さる)にてもふしぎ成(なる)は。刃(やいは)を取(とり)て振上(ふりあぐ)ると等(ひとし)く。壱人の
脊高(せたか)なる僧(そう)某(それがし)が利腕(きゝうて)を取(とる)と覚(おほ)えしが。其後(そのゝち)は何事(なにこと)をも覚えず。今(いま)一人(ひとり)の