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愈(いよ〳〵)以(もつ)て貴兄弟(きけうだい)に。邪曲(じやきよく)非道(ひどう)の手謀(しゆだん)なくんば。人伝(ひとづて)を頼(たのみ)給ふまでも候(さふら)は
ず。貴老(きらう)北条亭(ほうてうてい)に参(まい)り給ひ。赤心(せきしん)を見せ給はんには。時頼公(ときよりかう)にも歓(よろこび)て
愈(いよ〳〵)親族(しんぞく)の御間(おんあいだ)睦(むつ)まじからんか。泰村(やすむら)自得(じとく)の容(さま)にて。何様(いかさま)某(それかし)伺公(しかう)して
首尾(しゆび)申/開(ひら)かん。併(しかし)ながら宜(よろしく)取成(とりなし)なし給へと。互(たがひ)に式礼(しきれい)を厚(あつ)ふして。氏信(うじのぶ)は
立帰(たちかへ)り。泰村(やすむら)の答話(へんとう)くはしく述(のべ)て。さて三浦(みうら)の心底(しんてい)を考(かんが)ふるに。中々(なか〳〵)隠謀(ゐんほう)
止(とゞま)まるべきならず。兼(かね)て不意(ふい)を防(ふせ)ぐの其(その)備(かまへ)こそ。専用(せんよう)なれと申すれば。
時頼(ときより)打点頭(うちうなづき)ながら。防禦(ばうぎよ)の体(てい)いさゝかもなかりけり。去程(さるほど)に三浦氏族(みうらのしぞく)。已(すで)に
叛逆(ほんぎやく)の色(いろ)を顕(あら)はし。明暁(めうてう)は打出(うちいで)ん結構(けつこう)なりといふ程(ほど)に。在鎌倉(ざいかまくら)の大小名(だいせうめう)。
今宵(こよい)夜討(ようち)をかけんも知(し)れず。猶予(ゆうよ)なすべき事(こと)ならずと。手勢(てせい)を引連(ひきつれ)〳〵
て。我先(われさき)にと馳集(はせあつま)り。北条(ほうでう)が四面(しめん)をかこみ。一夜(いちや)の間(うち)に雲霧(うんか)【「雲霧」は「雲霞」ヵ】のごとく。小路(こうぢ)〳〵に充(みち)
満(みち)たり。爰(こゝ)に比田(ひた)五郎左衛門/尉盛時(でうもりとき)といへるは。別(わき)て時頼(ときより)と因(ちな)み厚(あつ)かりしが。
此噂(このうはさ)を聞得(きゝえ)る事(こと)の遅(をそ)かりけん。人々(ひと〴〵)に後(おく)れ参(まい)りけるが。早(はや)門々(もん〳〵)をさし固(かた)めて