Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション3

. Japonais 180-181 - 翻刻

. Japonais 180-181 - ページ 164

ページ: 164

翻刻

赤橋(あかばし)より神護寺(じんごじ)の門前(もんぜん)にして。鬨(とき)の声(こゑ)を上(あげ)け。五石畳(いついしだゝみ)の定紋(でうもん)。朝風(あさかぜ)に 飜(ひるがへ)し違向橋(すぢかひばし)の北(きた)に陣(ぢん)を敷(し)き。逆賊(ぎやくぞく)三浦(みうら)の一族(いちぞく)慥(たしか)に聞(き)け。汝(なんぢ)が 叛逆(ほんぎやく)疾(とく)に露顕(ろけん)なすといへども。執権時頼(しつけんときより)仁慈(しんじ)を以(もつ)て。これを免許(ゆるす) こと屡々(しば〳〵)なれど。皇天(くはうてん)いかで許(ゆる)し給はん。秋田景盛等(あきたかげもりら)に天使(てんし)降(くだつ)て誅伐(ちうばつ) せん事(こと)を告(つげ)給ふ。早(はや)く先非(せんひ)を悔(くひ)て縲紲(いましめ)を請(うけ)よ。無左(さなき)に於(おゐ)ては景盛父子(かげもりふし) 即今(たゞ)一戦(いつせん)に踏破(ふみやぶ)つて。泰村親子(やすむらおやこ)の首(くび)を抜(ぬか)ん。惑(まどひ)を取(とり)て後悔(ごうくはい)すなと。 口々に呼(よば)はつて。どつと押(おし)よせ一斉(ゐつせい)に。雨霰(あめあられ)の如(ごと)く箭を放(はな)つ。三浦(みうら)の館(たち)には 大(おほひ)に騒(さは)ぎ。さればこそ和平(わへい)は詭(いつはり)也けれ。我(われ)かれを計(はか)るとせしは。却(かへつ)て我(わが)はかられ たるなり。此上(このうへ)は運(うん)を天(てん)に任(まか)せ。太刀(たち)の目釘(めくぎ)の続(つゞ)かんほど。敵(てき)と戦(たゝか)ひ討(うち) 死(じに)せん。者(もの)ども臆病軍(きたなきいくさ)をして。名(な)を後代(こうだい)に穢(けが)すべからずと。流石(さすが)の泰村(やすむら) 士卒(しそつ)を下知(げぢ)し。両陣(れうぢん)互(たがひ)に箭軍(やいくさ)なし。徒(いたづら)に時(とき)をうつしけるが。在鎌倉(ざいかまくら)の大(たい) 小名(せうめう)。又もや合戦(かせん)始(はじま)りたりと。御所(ごしよ)へ参(まゐ)るあれば。北条(ほうでう)に馳行(はせゆく)もありて。上(うへ)を下(した)