Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション3

. Japonais 180-181 - 翻刻

. Japonais 180-181 - ページ 167

ページ: 167

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誉(ほまれ)を後代(こうだい)に遺(のこ)すべしと。思(おも)ひ定(さだ)めし軍兵(ぐんびやう)なれば。親(おや)うたるゝとも子(こ)助(たす)けず。 子(こ)死(し)すとも父(ちゝ)かへり見ず。乗越々々(のりこえ〳〵)戦(たゝか)ふほどに。寄手(よせて)大勢(おほぜい)なりといへども。 良(やゝ)もすれば切(きり)たてられ。秋田一族(あきたいちぞく)の家(いへ)の子(こ)郎等(らうどう)。数(かず)おほく討死(うちじに)して。 既(すで)に敗軍(はいぐん)に及(およ)ばんとす。執権時頼(しつけんときより)此よしを聞(きゝ)。泰村(やすむら)が再三(さいさんの)合戦(かつせん)。此上(このうへ)は 忍(しの)ぶべからすと。北条陸奥守実時(ほうでうむつのかみさねとき)を以(も)て。将軍(しやうぐん)の御所(ごしよ)を守護(しゆご)せしめ。 同六郎/時定(ときさだ)を大将(たいせう)として。一千(いつせん)余騎(きよ)【よきヵ】にて。泰村(やすむら)追討(ついとう)として向(むか)はしめらる。是(これ)を 見て大小名(だいせうめう)。我(われ)劣(をと)らしと援兵(ゑんへい)と号(がう)し。家々(いへ〳〵の)定紋(でうもん)の簱(はた)おし立(たて)て。時定(ときさだ)の 後(うしろ)につき。ゑい〳〵声(こゑ)して進(すゝ)みけり。秋田勢(あきたぜい)はこれに気(き)を得(え)て。立直(たちなほ)つて攻戦(せめたゝか)ふ。 泰村方(やすむらかた)はこれにも恐(おそ)れず。千騎(せんき)が一騎(いつき)に成(なる)までもと。踏(ふん)ごみ〳〵戦(たゝか)ふたり。 寄手(よせて)のうちに諏訪兵衛入道空阿(すはひやうゑにうとふくうあ)信濃(しなの)四郎左衛門尉/行忠(ゆきたゞ)。館(やかた)の北方(ほつはう)を 責立(せめたつ)る。此手(このて)の防禦(ふせぎ)は佐原泰連父子(さわらやすつらふし)。能登仲氏(のとなかうち)大手(おほて)の軍(いくさ)に勝驕(かちほこ)り。 爰(こゝ)に鋭気(ゑいき)を養(やしな)ひ居(ゐ)たるに。諏訪信濃等(すはしなのら)が寄(よす)ると等(ひと)しく。士卒(しそつ)を下知(けぢ)し