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政泰(まさやす)以下(いか)の一/族(ぞく)。各(をの〳〵)頼朝卿(よりともけふ)の影像(えいざう)の前(まへ)に並居(なみゐ)て。迭(たが)ひに最期(さいご)の暇乞(いとまこひ)
し。高(たか)〳〵かに仏号(ぶづかう)を唱(とな)へ。一/族(ぞく)弐百七十六人/郎等(らうとう)家臣(いへのこ)弐百弐十余人。
同時(とうじ)に腹(はら)をぞ切(きり)たりける。時(とき)是(これ)宝治元(ほうぢくはん)年六月五日。申(さる)の刻(こく)の事(こと)成(なり)ける。
嗟嘆(あゝ)此日(このひ)いか成/日(ひ)ぞや。さしも累代(るいたい)旧功(きうこう)の三/浦氏(うらうち)。一族(いちぞく)尽(つく)して滅亡(めつはう)せしは。
叛心(はんしん)ゆゑとは云(いひ)ながら。最惜(いとおし)むべき事(こと)になん。翌日(よくじつ)時頼(ときより)城介入道景義(ぜうのすけにうだうかげよし)
を召(めさ)れ。一/旦(たん)平和(へいわ)調(とゝの)ひし三浦(みうら)。いか成(なる)所以(ゆゑ)にか軍(いくさ)は発(おこ)りしぞと尋(たつね)たまへば。
景義(よしかげ)【かげよしヵ】則(すなはち)伊沢(いざは)五郎を。縄付(なわつき)ながら引/出(いだ)し。兼(かね)て泰村兄弟(やすむらけうたい)が陰謀(いんばう)かく
れこれ無(な)く候へども。猶(なほ)云々(しか〳〵)の事(こと)よりして。其(その)実情(じつじやう)を聞(きく)と其まゝ。天下(てんか)の
為(ため)に誅戮(ちうりく)せしよしを答(こた)ふ。則(すなはち)伊沢(いざは)を糺問(きうもん)するに。五郎も既(すで)に三浦一(みうらいち)
族(そく)滅亡(めつはう)せし由(よし)を聞(き)く上(うへ)は。誰(た)が為(ため)に陳(ちん)ずべきと前将軍(ぜんしやうぐん)の御憑(おんたのみ)に仍(よつ)て。
内謀(ないばう)を企(くはだて)し次第(しだい)。縡(こと)明白(めいはく)に言上(ごんじやう)せしかば。則(すなはち)五郎は由比(ゆひ)が浜(はま)にて誅罰(ちうばつ)
し。猶(なほ)其(その)余類(よるい)を穿鑿(せんさく)せり