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上総権介秀胤自害話(かつさごんのすけひてたねじがいのこと)
上総国(かづさのくに)一の宮(みや)。大柳(おほやき)の城主(じやうしゆ)上総権介秀胤(かづさごんのすけひでたね)は。三浦前司泰村(みうらのぜんじやすむら)が。妹(いもうと)
聟(むこ)にて。殊(こと)に親(した)しき交(まじはり)なれば此度(こんど)三浦(みうら)に同意(どうい)して。密(ひそか)に兵革(へいかく)を
備(そな)へ。専(もつぱ)ら音信(おとづれ)を俟(まち)いたるに。豈計(あにはから)らんや。一朝(いつてう)にして一族(いちぞく)滅亡(めつばう)の由(よし)を聞(きゝ)。
且(かつ)驚(おどろ)き且(かつ)思(おも)ふは。斯(かく)てあらば鎌倉(かまくら)より。やはか安穏(あんおん)に做得(なしえ)んや。不如(しかず)
討手(うつて)を引請(ひきうけ)。花々敷(はな〴〵しく)一戦(いつせん)して。潔(いさぎよ)く討死(うちじに)し。後世(こうせい)に美名(びめい)を輝(かゝやか)
さん社(こそ)。武士(ものゝふ)の本意(ほい)なれど。堅固(けんご)に要害(ようがい)をかまへ。近在(きんざい)近郷(きんこう)を掠(かす)
めて兵粮(へうろう)を奪(うば)ひとり。反心(はんしん)の色(いろ)を顕(あら)はせしかば。北条時頼(ほうでうときより)この
注進(ちうしん)を聞(きゝ)給ひ。其儀(そのぎ)ならば捨置(すておき)がたしと。大須賀左衛門尉胤氏(おほすがさゑもんのぜうたねうぢ)。
東(とう)中務(なづかさ)【「なづかさ」は「なかづかさ」ヵ】入道素進(にうだうそしん)を両大将(れうたいせう)として。弐千/余騎(よき)を副(そへ)て進発(しんはつしんはつ)せしむ
秀胤(ひでたね)は兼(かね)て期(ご)したる事(こと)なれば。城(しろ)の四面(しめん)に炭(すみ)薪(たきゞ)をつみ渡(わた)して
寄手(よせて)既(すで)にをし来(きた)るを見て。一斉(いちどき)に火(ひ)を放放(はな)ちしかば。焰(ほのふ)炎々(ゑん〳〵)と燃上(もえあが)り