Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション3

. Japonais 180-181 - 翻刻

. Japonais 180-181 - ページ 178

ページ: 178

翻刻

斯(かく)ては乱臣(らんしん)逆士(げきし)。間(ひま)を伺(うかゞ)ふの大事(たいじ)あらん。希(こひねがは)くは第一(だいいち)の宮(みや)。宗尊親王(さうそんしんわう) を迎(むか)へ奉(たてまつ)りて。鎌倉(かまくら)の主君(しゆくん)と仰(あほ)ぎ奉らば。正(たゞち)に天下泰平(てんかたいへい)の時を得(え)て。 時頼重時等(ときよりしげときら)をはじめ。武門(ぶもん)の面々(めん〳〵)いか計か難有(ありがた)からんと奏(さう)し奉(たてまつ)る。院(ゐん)僭(ひそか)【潜ヵ】に 御喜悦(おんきゑつ)まし〳〵。懇願(こんぐはん)の如(ごと)く免許(めんきよ)ありて。一の宮(みや)御下向(ごけかう)あるべき宣旨(せんじ) ありければ。鎌倉(かまくら)には時頼(ときより)已下(いか)。将軍(せうぐん)御譲補(ごじやうほ)の事(こと)申啓(まうしあげ)しに。頼嗣(よりつぐ) 卿(けう)も。兼(かね)て思(おも)ひ設(まうけ)給ふ御事あれば。直(たゞち)に御所(ごしよ)を退(しりぞき)給ひ。越後守時盛(ゑちごのかみときもり) 入道(にうだう)か家(いへ)に入(いり)給ふ。其後(そのご)四月三日/若君(わかみや)以下(いか)を引具(ひきぐ)して。都(みやこ)に帰(かへ)り給ひ けり。扨(さて)も宗尊尊王(そうそんしんわう)と申/奉(たてまつ)るは。後嵯峨院(ごさがのゐん)第一(たいいち)の皇子(わうじ)。御/母(はゝ)は准后(じゆかう) 棟子(むねこ)と申/奉(たてまつ)る仁治(にんぢ)三年。御降誕(こかうたん)。建長(けんてう)四年正月八日。院中(ゐんちう)にて御/元(げん) 服(ぶく)まし〳〵。三/品(ほん)に叙(じよ)せられ則(すなはち)三月十九日。都(みやこ)を御/首途(かどいで)あつて。道路(だうろ)警(けい) 固(ご)善美(せんび)を尽(つく)し。四月一日/時頼(ときより)の館(やかた)に入給ひ。同五日/御所(ごしよ)に入給ひて 征夷大将軍(せいいだいせうぐん)の任(にん)を請(うけ)給ふ。これに仍(よつ)て同七日。鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)に御/社(しや)