Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション3

. Japonais 180-181 - 翻刻

. Japonais 180-181 - ページ 189

ページ: 189

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金沢前司氏信(かなざはぜんじうじのぶ)を奉行(ぶぎやう)として。讐復(かたきうち)の勝負(たちあひ)を免(ゆる)さる。此事(このこと)鎌倉(かまくら) に噂(うはさ)高(たか)ければ。武辺(ぶへん)に奔(わし)る若壮士(わかとのばら)。町人(てうにん)百姓(ひやくせう)にいたるまで。珍(めづ)らしき敵討(かたきうち) よと。貴賤(きせん)老少(ろうせう)由比(ゆひ)ヶ(が)浜(はま)に群(むら)がりしは。針(はり)を立(たつ)べき隙(ひま)もなし。其時刻(そのじこく)にも 成(なり)しかば。大村彦(おほむらひこ)次郎。年齢(ねんれい)已(すで)に四十二/才(さい)。元来(ぐはんらい)力(ちから)飽(あく)まで強(つよ)く。釼刀(けんとう)頗(すこぶ)る名(めい) 誉(よ)なるが。三尺弐寸(さんじやくにすん)の大脇着(おほわきざし)を横佩(よこたへ)。悠々(のさ〳〵)と西(にし)の木戸(きど)より入来(いりきた)る。東(ひがし)の口(くち) より百姓(ひやくせう)小次郎。生年(せうねん)いまだ十六/歳(さい)。角前髪(すみまへがみ)の小童(こわつぱ)にて。弐尺計(にしやくばかり)の 小脇差(こわきざし)を帯(たい)し。互(たがひ)に式礼(しきれい)作法(さほう)の如(ごと)く水(みづ)を呑乾(のみほ)し。左右(さゆう)へ別(わか)れ。小次郎 先(まづ)辞(ことば)をかけ。いかに大村彦次郎(おほむらひこじろう)。今(いま)の名(な)は島田大蔵(しまだだいざう)十四ヶ(か)年(ねん)以前(いぜん)三 月七日。汝(なんぢ)が為(ため)に討(うた)れたる。百姓(ひやくせう)六郎助(ろくろすけ)が一子(いつし)小次郎。不倶戴天(ふぐたいてん)の父(ちゝ)の 仇(あだ)。尋常(じんじよう)に恨(うらみ)の刃(やいば)。請取(うけとれ)喝(やつ)と小脇(こわき)ざしを。真向(まつかう)にかざして立向(たちむか)ふ。大蔵(たいざう)は 憤然(ふんぜん)として。侍(さむらひ)ぐさき敵(かたき)よばゝり。土鑿(つちほぜり)の分(ぶん)として。似合(にあふ)たる唐棹(からさほ)はうたて。 この彦(ひこ)次郎を討(うた)んとは。蟷螂(とうろう)が斧(をの)猿猴(ゑんこう)が月(つき)。汝等(なんぢら)ごときに刃を合(あは)すは