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終身(すゑ〳〵)出家(しゆつけ)になさんとて。十一/歳(さい)の春(はる)。同国(どうごく)真言密宗(しんごんみつしう)の寺門(じもん)に其頃(そのころ)
大徳(たいとく)の聞(きこ)えありし。普照禅師(ふせうぜんじ)の附弟(ふてい)とす。原(もと)より此児(このじ)幼(いとけな)くして聡明(さうめい)
叡智(ゑいち)なる事。群童(ぐんどう)の更(さら)に及(およ)はざりしかば。師(し)の坊(ばふ)もことに寵愛(てうあい)なし。
経論(けうろん)を教諭(けうゆ)するに。一(いち)を聞(きい)て十(じう)を知(し)るのみならで。其(その)法味(はふみ)をさへ自得(じとく)せ
しかば。師(し)の坊(ばふ)は元(もと)より。檀越(だんおつ)出入(でいり)の輩(ともがら)まで。終(つひ)には大徳(たいとく)知識(ちしき)と成(なり)なんと。末(すゑ)
頼母(たのも)しく思(おも)ひたりしが。いかなる所存(しよぞん)か発興(おこり)けん。廿一/歳(さいの)秋(あき)。師(し)の坊(はう)に
永(なが)の法縁(はふゑん)を絶(ぜつ)して還俗(げんぞく)し。自(みづ)から青砥孫三郎藤綱(あをとまごさぶらうふぢつな)と名乗(なのり)。
鎌倉(かまくら)に来(きた)りて。其頃(そのころ)名高(なたか)き行印(ぎやうゐん)といへる。儒学(しゆがく)の沙門(しやもん)に随順(すいじゆん)して。
日夜(にちや)経伝(けいでん)の趣旨(ししゆ)を切磋(せつさ)なす。尤(もつとも)其(その)行跡(みもち)正(たゞ)しく。仮(かり)にも道(みち)に背(そむ)ける
做(こと)を為(なさ)ず。正路(せうろ)にすゝみ。倹(けん)を専(もつぱ)らにして美(び)を好(この)まず。仁義(じんぎ)廉直(れんちよく)な
りしかば。行印(きやうゐん)も若冠(としわか)にして。聖教(せいぎやう)を守(まも)るを愛(あひ)し。猶更(なほさら)厚(あつ)く教授(けうじゆ)な
したりける。或時(あるとき)藤綱(ふぢつな)申は。我師(わがし)の慈恩(じおん)を蒙(かうふ)る事/已(すでに)八年。われ聞(きく)