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断(たち)て。明白(あからさま)に下山(げさん)帰俗(きぞく)なし。当鎌倉(たうかまくら)なる行印法師(ぎやういんはふし)に従(したが)ひ。聖語(せいご)の
片端(かたはし)を聞覚(きゝおぼえ)て。漸(やう)く(〳〵)幼童(やうどう)に授(さづ)くる処(ところ)なりと。聊(いさゝ)も言(ことば)を飾(かざ)らず啓(けい)す
れば。時頼入道(ときよりにうだう)。熟(つら〳〵)動静(どうせい)を看(み)るに。其(その)容貌(かたち)まづ威(ゐ)あつて猛(たけ)からず。謙遜(けんそん)
辞譲(じじやう)深(ふか)くして。身体(しんたい)質素(しつそ)を守る状(さま)。兼(かね)て行跡(古まひ)を聞(きく)といへとも今(いま)見(み)る処
聞(きく)に増(まさ)りて。心中(しんちう)に深(ふか)く愛憐(あいれん)し。改(あらた)めて述(のべ)らるゝは。今度(こたび)将軍(しやうぐん)思召(おほめし)
あつて。新(あら)たに采地(さいち)を賜(たま)はつて。御家人(ごけにん)の連(れつ)に加(くはへ)給ふ。常(つね)に勤仕(きんし)怠(をこた)る
べからず条(てう)。時頼入道道崇(ときよりにうたうとうすう)奉(うけたまは)つて執達(しつたつ)すと宣(のたま)へば。藤綱(ふぢつな)一に驚(おどろ)き
一に恐縮(けうしゆく)し。豈計(そんじよらざる)不肖(ふせう)の某(それがし)御家人(ごけにん)と成(なし)給ふ事(こと)。冥加(めうが)至極(しこく)の趣(おもふ)【「趣」は「赴」ヵ】き
謹(つゝしん)で申上るに。時頼(ときより)も殊(こと)に喜悦(きゑつ)し。時服(じふく)調度(てうど)を賜(たまは)りしかば。藤綱(ふじつな)は
面目(めんほく)を施(ほどこ)し。軈(やが)て退出(たいしゆつ)したりける。嗟呼(あゝ)藤綱(ふぢつな)が行状(きやうでう)富(とん)で驕(おこ)らず。
積(つん)て施(ほどこ)し。後年(かうねん)追々(おひ〳〵)加恩(かおん)ありて。数十箇所(すじつかしよ)の所領(しよれう)を知行(ちぎやう)して
家(いへ)富(とみ)豊(ゆた)かなりとへども【「とへども」は「といへども」ヵ】。身(み)には細布(さいみ)の直垂(ひたゝれ)。布(ぬの)の大口(おほくち)を着(ちやく)し。絹布(けんふ)を