Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション3

. Japonais 180-181 - 翻刻

. Japonais 180-181 - ページ 214

ページ: 214

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身(み)に着(つけ)ず。朝夕(あさゆふ)の饌部(ぜんぶ)に。乾魚(ほしうを)焼塩(やきしほ)より外(ほか)は食(しよく)せず。出仕(しゆつし)の時(とき)は。 木鞘巻(きざやまき)の刀を帯(たい)し。評定衆(へうでうしゆ)に登傭(とうよう)せられ。官階(くはんかい)の後(のち)は木太刀(きだち) に弦袋(つるふくろ)を付(つけ)たり。必(かならず)しも吝惜(りんしやく)にはあらで。貧窮(ひんきう)を救(すく)ひ。孤独(こどく)に施(ほどこ)し 惣(さう)じて人(ひと)を慈愛(じあい)する事(こと)。蓋(けだし)神仏(しんぶつ)の悲願(ひぐはん)にも劣(をとる)まじ。さればとて親(した)しく共(とも) 悲(ひ)を覆(おほ)はず。仮(かり)にも依怙(えこ)の沙太(さた)なく。私(わたくし)を捨(すて)て正直(せうぢき)を本(もと)とす。故(かるがゆゑ)に密(ひそか) に私欲(しよく)奸曲(かんきよく)を工(たく)む輩(ともがら)は。自(おのづ)から我(われ)と恥(はぢ)恐(おれ)れて。篤実(とくじつ)に帰(き)して志(こゝろざし)を 改(あらた)む。かゝる賢人(けんじん)を一言(いちげん)の下(した)に察知(さつししり)て。後(のち)天下(てんか)の奉行(ぶきやう)に挙庸(あげ)られたる。 時頼(ときより)の明察(めいさつ)。所謂(いはゆる)周文王(しうのふんわう)は謂濱(いひん)に呂望(りよぼう)を得(え)。漢高祖(かんのかうそ)は圯橋(いきやう) に張良(てうれう)を師(し)とせられたるに等(ひと)しと。時(とき)の人(ひと)驚嘆(けうたん)なしにける     時頼(ときより)与(と)_二藤綱(ふぢつな)_一閑談政道話(せいたうをかんだんのこと) 最明寺(さいめうじ)時頼入道(ときよりにうだう)道/崇(さう)は。天下(てんか)の政理(せいり)正(たゞ)しからん事(こと)。倉爾顛沛(さうじてんはい)【造次顛沛ヵ】も 心(こゝろ)に怠(おこた)り給はず。仁慈(じんじ)を専(もつぱ)らとし。徳行(とくこう)を治(おさ)め給ふといへども。時已(ときすで)に