← 前のページ
ページ 235 / 491
次のページ →
翻刻
しむるの心(こゝろ)更(さら)にあらず。其(その)趣意(しゆい)を伸(のべ)て懇(ねんごろ)に断(ことわる)を。一藤太(いつとうだ)大(おほい)に怒(いか)り。我(われ)先祖(せんぞ)
より代々(たい〳〵)此地(このち)を領(りう)する事(こと)。鎌倉将軍(かまくらせうぐん)及(およ)び北條執権(ほうでうしつけん)の命令(めいれ?)なれば。我(わ)が
下知(げぢ)は台命(たいめい)に同(おな)じ。しかれば一人児(ひとりこ)にもあれ孖(ふたご)にもせよ。慎(つゝしん)で畏(かしこ)み奉(たてまつ)るべきに。
必究(ひつけう)郷民(がうみん)百姓(ひやくせう)の家名(かめい)。嗣子(つぐこ)なくして潰(つぶれ)たるとも何事(なにごと)かある。よし〳〵此上(このうへ)は腐女(くされをんな)
懇望(のぞみ)ならず。台命(たいめい)を違背(いはい)申/其(その)科(とが)軽(かろ)からざれば。召捕(めしとつ)て禁獄(きんごく)させん。若(もし)も夫(それ)
悲(かな)しくと思(おも)ふならば。償料(くわれう)として三千/貫文(ぐわんもん)を。明朝(めうてう)運送(うんさう)なすべし。猶又(なほまた)それ
も拒(こばみ)て倣(なさ)ずとならぱ。重々(じう〳〵)罪科(ざいくわ)助(たす)けがたく。永蟄(ゑいろう)させて家財(かざい)没収(もつしゆ)せん
と。無体(むたい)の条々(でう〳〵)厳重(げんぢう)に命(めい)ぜしかば。流石(さすが)温順(おんじゆん)老実(らうじつ)の小(こ)八郎も。此(この)とき怒(いかり)
心頭(しんとう)に発(おこ)り。従来(これまで)領主(れうしゆ)の命(めい)なりと。国宝(きん〴〵)を掠(かすめ)らるゝ事/屡(たび〳〵)なれども。膝(ひざ)を
屈(くつ)して聞(きく)に乗(でう)し。無体(むたい)の有丈(ありでう)。之(これ)をも忍(しの)ぶべくんば孰(いづれ)をか忍(しの)ぶべからず。不如(しかず)鎌(かま)
倉(くら)に訴(うつた)へ。裁判(さいばん)を請(うけむ)にはと。其夜(そのよ)密(ひそか)に支度(したく)なし。先(まづ)妻子(さいし)を近郷(きんがう)なる親(しん)
類(るい)に預(あづ)け。家財(かざい)は老菅家(いへのおとな)に守(まも)らしめ。今(いま)は心易(こゝろやす)しと。心利(こゝろきゝ)たる奴僕(ぬぼく)をつれ