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落(おち)ん容(やう)なるを。藤綱(ふぢつな)が廉直(れんちよく)にて。十二/分(ぶん)の勝利(せうり)を得(え)て。所帯(しよたい)安堵(あんど)し
たりければ。其(その)老実(ろうじつ)を感佩(かんはい)なし。何哉(なにかな)礼謝(れいしや)なさん事(こと)を欲(ほつ)すれども。
無欲(むよく)第一(だいゝち)にして聊(いさゝか)の贈進(おくりもの)といへども請(うけ)ざれば。猶(なほ)工夫(くふう)を凝(こら)し。銭(ぜに)三百/貫文(くはんもん)
を俵(たはら)に込(こめ)て。密(ひそか)に藤綱(ふぢつな)が第宅(やしき)の後(うしろ)の小高(こたか)き岡(おか)の上(うへ)より。夜(よ)のうちに
転(ころば)し入(いれ)て。暁天(あかつき)に鎌倉(かまくら)を出立(しゆつたつ)し帰国(きこく)せり。青砥(あほと)が奴僕(ぬぼく)。後園(こうゑん)にかの
銭(せに)を入(いれ)たる俵(へう)を見付(みつけ)。此旨(このむね)を藤綱(ふぢつな)に達(たつ)すれば。直(たゞち)に下知(げち)して評定所(へうでうしよ)に
運(はこ)び入(いれ)しめ。藤綱(ふぢつな)継(つゞい)て評定所(へうでうしよ)に出(いで)て。重職(ぢうやく)同僚(どうれう)に此銭俵(このぜにたはら)の。後園(こうゑん)
に有(あり)し次第(しだい)を語(かた)り。これ察(さつ)する処(ところ)。彼(かの)小(こ)八郎が所為(しはざ)ならん。直(たゞち)に津(つ)の国(くに)へ
送(おく)り帰(かへ)さんとするよしを相届(あひとゞ)くるに。同僚(どうれう)異口(くち〴〵)に。藤綱(ふぢつな)どのゝ廉直(れんちよく)さも有(あり)なん
去(さり)ながら。其姓名(そのせいめい)をも記(しる)さで後園(かうゑん)に捨(すて)たるは。所謂(いはゆる)天(てん)の賜(たまもの)ならん。不如(しかず)受(じゆ)
納(のう)なし給はんには。藤綱(ふぢつな)頭(かしら)を振(ふつ)て。否々(いや〳〵)抑(そも〳〵)此度(このたび)の訴訟(そせう)。衆人(しうじん)の志(こゝろざし)を破却(はきやく)
して理非(りひ)を分(わか)ちしは。これ小(こ)八郎が為(ため)にはあらずして。一(ひと)ツ(つ)には君(きみ)への微忠(びちう)。