Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション3

. Japonais 180-181 - 翻刻

. Japonais 180-181 - ページ 32

ページ: 32

翻刻

時政(ときまさ)大に雀躍(よろこび)て。謹(つゝしん)で領承(れうじやう)し。我館(わがやかた)に忍(しの)ばせ奉り。朝暮(ちやうぼ)の尊敬(そんけう)大方(おほかた)なら ず剰(あまつさ)へ時政(ときまさ)の嫡女(むすめ)。いまだ破瓜(にはち)の風姿(ふうし)容色(ようしよく)なるを。妻室(さいしつ)に奉(たてまつ)りて。二十 余年(ようねん)撫育(ぶいく)なし奉(たてまつ)る。頼朝(よりとも)すでに三十四歳に成(なり)給ふ折(をり)から。時(とき)は治承(ぢせう)四年四月。 院(いん)の北面(ほくめん)源三位頼政卿(げんざんみよりまさけう)の勧(すゝめ)によりて。高倉宮以仁親王(たかくらのみやもちひとしんわう)。平家(へいけ)を亡(ほろぼ)【亾】さ ん事を思召立(おほしめした)ち。諸国(しよこく)の源氏(げんじ)を招(まねき)給ひ。則/頼朝(よりとも)にも令旨(れうじ)を賜(たま)はりけり。然(しか) るに其(その)御隠謀(ごいんばう)早(はや)く平家(へいけ)に露顕(ろけん)し。終(つひ)に宇治川(うちがは)の一戦(いつせん)に宮方(みやがた)利(り)を失(うしな)ひて。 頼政父子(よりまさふし)及(およ)び一族(いちぞく)。ともに川瀬(かはせ)に名(な)を流(なが)し。空(むなし)く水泡(みなわ)と消(きゆ)といへども。清盛(きよもり)猶(なほ)も 憤怒(いかり)のあまり。令旨(れうじ)を奉(うけ)し諸国(しよこく)の兵将(へいしやう)。就中(なかんつく)兵衛佐頼朝(ひやうゑのすけよりとも)。勅勘(ちよくかん)の身(み) をも憚(はゞか)らず。剰(あまつ)さへ我(わ)が助命(じよめい)の恩恵(おんけい)を思(おも)はず。平家(へいけ)追伐(ついばつ)の令旨(れうじ)を承(うけたまはり)しは もつての外(ほか)の癡者(しれもの)なり。誓(ちかつ)て安穏(あんおん)ならしめじと。頼朝(よりとも)追討(ついたう)の勢(せい)を催促(さいそく)す。 此旨(このむね)早(はや)く豆州(づしう)へ聞(きこ)えしかば。頼朝(よりとも)つら〴〵思惟(しゆ)し給ふは。我(われ)此所(このところ)に安居(あんきよ)して 都(みやこ)の追討使(ついたうし)を引請(ひきうけ)んには。北条一家氏族(ほうてういつかしぞく)の外(ほか)。誰(たれ)か味方(みかた)に馳参(はせさん)じ。忠(ちう)