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已下(いか)の勇将(ゆうせう)これに向(むか)ふて。千辛万苦(せんしんばんく)の戦(たゝかひ)をなすと雖(いへど)も。十/倍(ばい)の多勢(たせい)に敵(てき)し
がたく頼朝(よりとも)の軍(いくさ)敗績(はいせき)し。剰(あまつ)さへ北条が嫡子(ちやくし)宗時(むねとき)。左奈田(さなだの)与一/武藤(ぶとう)三郎/等(ら)
討死(うちしに)す。頼朝/走(はしつ)て杉山(すぎやま)に馳登(はせのぼ)り。伏木(ふしき)の中(うち)に隠(かく)るゝを。梶原平三(かぢはらへいざう)景時(かげとき)追(おつ)
懸来(かけきた)り。既(すで)に危(あや)ふく見えたる処(ところ)。梶原いかゞ思ひけん。其(その)在所(ありどこ)は知(しり)ながら。味方(みかた)の
諸軍(しよぐん)を詭(いつは)りて。頼朝を助(たすけ)奉り。平軍(へいぐん)を退(しりぞ)かしむ。北条(ほうでう)土肥(とひ)近藤(こんどう)岡㟢(おかさき)に
商議(せうぎ)なし。蜜(ひそか)【密ヵ】に土肥の真名鶴(まなつる)が崎(さき)より船(ふね)に取乗(とりの)り。安房国(あはのくに)に渡(わた)り給ふ。是を
世に七騎落(ひちきおち)と唱(とな)へて。謡曲(ようきよく)にも諷(うた)ふ。則/安房国(あはのくに)の住人(ちうにん)三浦介義澄(みうらのすけよしずみ)頼朝を
迎(むか)へ奉る。頼朝は些(ちつ)とも屈(くつ)し給はず。猶も源家(げんけ)譜代(ふだい)の輩(ともがら)を催促(さいそく)したまふに。
小山(こやま)。豊嶌(てしま)。下河邊(しもかうべ)。甲斐源氏(かひげんじ)には。武田(たけだ)太郎一条次郎。千葉介常胤(ちはのすけつねたね)等(ら)手(て)
勢(せい)を引率(いんそつ)して参集(さんしう)し。其(その)勢(せい)又六百/余騎(よき)にぞ成(なり)たりける。爰(こゝ)に上総権介(かづさごんのすけ)
廣常(ひろつね)。軍勢(ぐんぜい)を調練(ちやうれん)し。弐万余騎引率して参上(さんじやう)す。頼朝/宣(のたま)はく。廣常(ひろつね)が
遅参(ちさん)甚(はなはた)以(もつ)て其(その)意(い)を得(え)ず。先(まづ)後軍(ごぐん)にひかへて下知(げち)を待(まつ)べしと。以(もつて)の外(ほか)の気色(けしき)