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是(これ)より頼朝卿(よりともけう)の武威(ぶゐ)旭(あさひ)の登昇(のぼる)が如(ごと)く。天下(てんか)皆(みな)武家権勢(ぶけのけんせい)に伏(ふく)して。靡(なびか)ぬ
草木(くさき)もなかりけり。実(げに)や歓楽(くわんらく)極(きはまつ)て哀情(あいじやう)多(おほ)しと。于爰(こゝに)稲毛(いなげの)三郎/重成(しげなり)か室(しつ)
は。頼朝卿の御台(みだい)政子(まさこ)の前(まへ)が御/妹(いもうと)なりしに。不慮(ふりよ)にして卒(そつ)せしかば。其(その)追福(つひふく)
供養(くやう)のためとて。相模川(さがみがは)に橋(はし)を造立(さうりう)せしめ。建久(けんきう)九年十二月/橋供養(はしくやう)
をぞ修(しゆ)せられける。此(この)とき頼朝卿も結縁(けちえん)のためとて相模川(さかみがは)に出馬(しゆつば)まし
まし。黄昏(たそかれ)に帰館(きくわん)なし給ふ道(みち)。八的原(やまとのはら)《割書:又は稲|村ヶ崎》にて。俄(にはか)に一天(いつてん)掻曇(かきくも)りて。
暗夜(あんや)の如(ごと)くなると等(ひと)しく。余人(よじん)は見る事(こと)なけれども。卿(ケウ)の御目(おんめ)にさへぎるもの
ありけん。忽(たちまち)眩暈(めくら)【目偏に暈。「暉」ヵ「睴」ヵ】みて馬(うま)より嘡(どふ)と落(おち)給ふ。供奉(ぐふ)の諸将(しよせう)驚(おどろ)き騒(さわ)ぎて。
御輿(おんこし)に抱(いだ)き乗(の)せ参(まゐ)らせ。急(いそぎ)々/帰館(きくわん)なし奉(たてまつ)る。これより御心地(おんこゝち)悩(なや)ませた
まふにより。典薬博士(てんやくはかせ)さま〴〵薬鍼(やくしん)を奉(たてまつ)り。神仏(しんぶつ)陰陽(おんやう)種々(しゆ〴〵)祈誓(きせい)し奉(たてまつ)
れども更(さら)に其(その)功験(こうけん)を奏(さう)【賞ヵ】せす。終(つひ)に正治(せうぢ)元年正月十三日/御寿(おんことぶき)五十三/歳(さい)にて
薨去(かうきよ)なし給ふ。因茲(これによつて)御嫡男(おんちやくなん)右近衛少将(うこんゑのせうしやう)頼家朝臣(よりいゑあそん)。十八/歳(さい)にて御家督(ごかとく)を嗣(つぎ)