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南北(なんほく)に馳違(はせちが)ひ。鎌倉市中(かまくらしちう)に充満(じうまん)せり。されども誰(たれ)か一騎(いつき)小御所(こゞしよ)へ参(まゐ)り。能員を救(すく)
はんとする者(もの)なく。追々(をひ〳〵)寄手(よせで)は重(かさな)りければ。比企(ひき)の一類郎等(いちるい)これを見て。今(いま)は既(すで)に是(これ)まで也と。
殿舎(でんしや)に所々(しよ〳〵)火(ひ)をうけて。比企(ひきの)四郎/一幡丸(いちまんまる)をいだき。猛火(めうくは)の中(なか)に飛入(とびいり)たり。一類郎等(いちるひらうどう)
遁(のが)るゝに道(みち)なく。差違(さしちがふ)るあれば自殺(じさつ)もありて。壱人(ひとり)も残(のこ)らず失(ほろび)にけり。此日(このひ)いかなる
日(ひ)ぞや。由(よし)なき比企(ひき)の偏執(へんしう)より。未(いまだ)幼稚(やうち)の一幡丸(いちまんまる)。栄花(ゑいくわ)を火中(くはちう)にとゞめ給ふ事
誰(たれ)かはこれを悲(かなし)まざる。殊更(ことさら)わづか未(ひつじ)の刻(こく)より。申(さる)の刻(こく)まで一時(ひとゝき)の争戦(さうせん)に双方(さうはう)の
死人(しにん)八百/余人(よにん)。手負(ておひ)弐千人に余(あま)りたるとぞ。頼家卿(よりいへけう)に秜(ちつ)【昵ヵ】近(きん)せし。大輔房源性(たいふばうげんせい)と
いふもの。若君(わかぎみ)の死(し)を悲(かな)しみ。軍(いくさ)散(さん)じ火鎮(ひしづま)つてのち。荒々(くわう〳〵)たる焦土(やけはら)累々(るい〳〵)たる死人(しにん)を
掻(かき)わけ。一幡君(いちまんぎみ)の亡骸(なきから)を索(さぐ)るに。寝殿(しんでん)と覚(おぼ)しきあたりに。一塊(いつくわい)の焦炭(やけすみ)の如(こと)きに。
菊(きく)の折枝(をりえだ)の繍(ぬひもの)したる。綾(あや)の衣(きぬ)の五寸/計(はかり)。物(もの)に覆(おほ)はれて残(のこ)りたるは。これ御最期(ごさいご)
まで着用(ちやくやう)の御服(ごふく)なれば。これを験(しるし)に御遺骨(ごゆひこつ)を拾聚(ひろいあつ)め。泣々(なく〳〵)高野山(かうやさん)に納(をさ)め
奉る。去程(さるほ)に頼家卿(よりいゑけう)は。御病牀(ごびやうせう)にまし〳〵ながら。何(なに)となく四面(しめん)の物怱(ぶつさう)【忩】なるを。何(なに)