Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション3

. Japonais 180-181 - 翻刻

. Japonais 180-181 - ページ 51

ページ: 51

翻刻

思(おも)ひ寄(よら)ざる事(こと)なれば。大に周障(しうしやう)なすといへ共(ども)。流石(さすが)戦国(せんごく)に馴(なれ)たる輩(ともがら)。銘々(めい〳〵) 得(え)もの取(とる)と等(ひと)しく。追(おつ)つ帰(かへ)しつ討(うた)つ討(うた)れつ。こゝを詮処(せんど)といどみ合(あ)ふ。此(この)騒動(さうどう)を 聞くともがら。又(また)/江馬(えま)どのに軍(いくさ)ありと。大名(だいめう)小名(せうめう)我一(われいち)にこれを援(すくは)んと馳向(はせむか)ふ。 仁田兄弟郎等(につだけうだいらうどう)は。元(もと)より死(し)を極(きは)めたる事(こと)なれば。更(さら)に恐(おそ)るゝ色(いろ)もなく。思(おも)ふ侭(まゝ) 戦(たゝか)ひて。仁田(につた)五郎は。北条(ほうでう)が家子(いへのこ)。波多野(はたの)次郎/忠綱(たゞつな)と組(くん)で討死(うちぢに)し。弟(おとゝ)の六郎は 台盤所(だいはんところ)に切入(きりいり)て。青侍(あをさふらひ)三人/切斃(きりたふ)し。八人に手(て)を負(おふ)せ。腹搔(はらかき)きつて死(しゝ)たりける。 家臣(いへのこ)従卒(じうそつ)これ迄と。縦横無尽(じうわうむじん)に切廻(きりまは)り。爰彼所(こゝかしこ)にて討死(うちじに)せり。于爰(こゝに)仁田 四郎/忠常(たゞつね)は。時政(ときまさ)と閑談(かんだん)数刻(すこく)にして。已(すで)に黄昏前(くわうこんぜん)に。名越(なごし)の館(やかた)を立出(たちいで)しが。 この騒動(さうどう)を聞(きゝ)いかて驚(おどろ)かざらん。先(まづ)舎弟等(しやていら)が卒忽(そこつ)を止(とゞ)めんと。馬(うま)を飛(とば)して江馬(えま) が館(やかた)に向(むか)ふ処(ところ)に。北条(ほうでう)が家臣(いへのこ)。加藤次景廉(かとうじかげかど)といふ者。端(はし)なく忠常(たゞつね)に行合(ゆきあひ)たり。 景廉(かけかど)それと見るよりも。須破哉(すはや)忠常のがさしと。手勢(てせい)三千余/討(うつ)てかゝる。忠(たゞ) 常(つね)は一概(いちがい)に。舎弟(しやてい)が卒忽(そこつ)を詫(わび)んと計(はか)るを。景廉(かげかと)が手勢(てせい)に藤次郎(とうじろう)何某(なにがし)