Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション3

. Japonais 180-181 - 翻刻

. Japonais 180-181 - ページ 53

ページ: 53

翻刻

栄花(ゑいくは)の御身(おんみ)なりしも。一朝(いつてう)の露(つゆ)と消失(きえうせ)て。永(なが)く一堆(いつたい)の塚(つか)のみ残(のこ)れるは。 哀(あはれ)はかなき事(こと)なりける     実朝公任三代将軍話(さねともこうさんたいしやうぐんににんずること) 故右大将頼朝卿(こうだいしやうよりともけう)。御次男(ごしなん)千寿君(せんじゆきみ)は。御舎兄(ごしやけう)頼家卿(よりいへけう)将軍職(しやうぐんしよく)に備(そなは)り給ひし 後(のち)は。何(なに)となく世(よ)を狭(せば)められて在(ましま)しけるに。今般(こたび)頼家卿(よりいへけう)職(しよく)を辞(じ)し。法体染衣(ほつたいぜんえ)と 成(なら)せられ。剰(あまつさ)へ豆州(づしう)修善寺(しゆぜんじ)に移住(いぢゆう)まし〳〵し上(うへ)は。天下一日(てんかいつじつ)も君(きみ)なくんば有(ある)べから ずと。千寿君(せんじゆぎみ)御家督(ごかとく)あるべき旨(むね)。京都(みやこ)へ御披露(ごひろう)あつて。元文(げんぶん)元年/御元服(おんげんふく)まし まし。三代将軍従五位下(さんだいしやうぐんしゆごゐげ)右近衛少将実朝君(うこんゑのせうしやうさねともぎみ)と称(しやう)し奉(たてまつ)り同十二月十日/都(みやこ)より 坊門大納言信清卿(はうもんたいなごんのぶきよけう)の姫君(ひめきみ)を迎(むか)へて。御台所(みだいところ)に備(そなへ)奉る。是(こゝ)におゐて人民(じんみん)始(はじめ)て 安堵(あんど)の思ひを倣(な)し。皆(みな)万歳(ばんぜい)をぞ祝(しゆく)しける。爰(こゝ)に時政(ときまさ)の簾中(れんちう)牧(まき)の方(かた)といへるは。 前簾中(さきのれんちう)卒(そつ)せられし後(のち)。迎(むかへ)られし所(ところ)にて。嫡子(ちやくし)義時(よしとき)。政子(まさこ)。時房(ときふさ)のためには継(けい) 母(ほ)にして。当腹(たうふく)には。左馬権頭政範(さまごんのかみまさのり)と。武蔵守朝雅(むさしのかみともまさ)の室(しつ)と弐人也。無左(さなき)だに