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奉る事/間(まゝ)多(おほ)かりけり。此時/京都(みやこ)。院御所(いんのごしよ)とは。後鳥羽院(ごとばのいん)と申奉り。この
君(きみ)御在位中(ございいちう)。武威(ぶい)さかんにて。諸事(しよじ)叡慮(えいりよ)の侭(まゝ)ならざるを逆燐(げきりん)まし〳〵。御位(みくらひ)
をは第(だい)一の皇子(わうじ)に譲(ゆづ)り給ふ。土御門院(つちみかどのゐん)と申し奉る。此帝(このみかと)御在位(ございい)十二年のゝち。何(なに)の
子細(しさい)もましまさぬを。院(いん)の御計(おんはからひ)として。俄(にはかに)御位(みくらい)をおろし奉り。院(いんの)第三の皇子(わうし)《割書:土御門院|御弟》を
御位に即(つけ)奉る。順徳院(じゆんとくいん)と称(せう)し奉り。先帝(せんてい)を新院(しんいん)と申奉る。去(さる)から院(いん)と
新院(しんいん)の。御父子中(ごふしなか)御隔心(ごきやくしん)まし〳〵。何事(なにこと)も院(いん)と当今(たうぎん)と。叡旨(えいし)を談(たん)じ合(あひ)給ふ。
鎌倉(かまくら)には時政(ときまさ)既(すて)に卒(そつ)して。義時(よしとき)執権(しつけん)とし。我意(がい)の振舞(ふるまひ)。ます〳〵盛(さかん)なり
しかは。今(いま)は忍(しの)びかね給ひて。院(いん)御隠謀(ごいんばう)を企(くはだて)給ひ。承久(じやうきう)元年。北条追討(ほうてうつひたう)の御籏(みはた)
を挙(あげ)給ふ。これを世(よ)に承久乱(じやうきうらん)といふ。されども官軍(くわんぐん)終(つひ)に利(り)なふして。剰(あまつ)さへ公卿(くげう)を
はじめ。御味方(おんみかた)申せし武官(ぶくわん)法師(はふし)等(ら)。こと〴〵く誅伐(ちうばつ)せられ。一院(いちいん)を土佐(とさ)。新院(しんいん)をは
佐渡(さど)。今上(きんしやう)をば隠岐(おき)の国(くに)へ遷幸(せんこう)なし奉り。高倉院(たかくらのいん)の御孫(おんまご)をもつて。今上(きんじやう)と
なし奉り。後堀河院(ごほりかはのいん)と称(せう)し奉る。されば天下(てんか)の逆乱(げきらん)やうやく鎮(しづ)まるといへども