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弓(ゆみ)を一文字(いちもんじ)に持(もた)せたまふ事(こと)。尤(もつとも)其法(そのはふ)なりと雖(いへど)も。去(さん)ぬる文治(ふんぢ)二年
八月十五日。故頼朝卿(こよりともけう)。当社(とうしや)に詣(まうで)給ひし折(をり)から。一人(ひとり)の旅僧(たびそう)。この華表(とりゐ)の
ほとりに徘徊(はいくはい)するを。卿(きやう)逸目(はやみ)見とがめ給ひ。梶原景季(かぢはらかげすゑ)をもつて名字(な)を
問(とは)しめ給ふに。西行法師(さいぎやうはふし)なりと答(こた)ふ。卿(けう)心中(しんちう)満足(まんぞく)したまひ。西行(さいぎやう)は俵(たはら)藤
太/秀郷(ひでさと)の後胤(こういん)。佐藤右兵衛督憲清(さとうびやうゑのでうのりきよ)とて。弓馬(きうば)の名家(めいか)なれば。懇(ねんごろ)に
いひて殿中(てんちう)にとゞめ置(おく)べしと宣(のたま)ふ。景季(かげすゑ)うけ給り。慇懃(いんきん)にして殿中(でんちう)に
迎(むか)へ。種々(しゆ〴〵)饗応(けうわう)してとゞめ置(お)く。頼朝卿(よりともけう)帰館(きくはん)のゝち対面(たいめん)あり。歌道(かだう)及(およ)
び弓馬(きうば)の故実(こじつ)を尋(たづ)ねさせ給ふに。西行(さいぎやう)申さるゝに。愚僧(ぐそう)在俗(ざいぞく)の古(いに)しへ
は。憖(なまじい)に家風(かふう)裔流(ゑいりう)とか唱(とな)へて候えども。保延(ほうえん)三年八月/遁世(とんせい)の折柄(をりから)。元祖(くはんそ)秀(ひで)
郷(さと)より。九/代(だい)の嫡家(ちやくけ)相承(さうじやう)の兵書(へいしよ)。こと〴〵く焼失(しやうしつ)す。其後(そのゝち)これを思(おも)へば罪(ざい)
業(ごう)の因(いん)なるを以(もつ)て。今(いま)は露(つゆ)ばかりも心底(しんてい)に残(のこ)し申さねば。こと〴〵く忘却(はうきやく)仕り侍(はべ)る。
また和歌(わか)の道(みち)は。たゞ月花(つきはな)に対(たい)して。其(その)景色(けしき)実体(ありさま)の。心(こゝろ)に浮(うか)みたるを