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仕損(しそん)じあるまじと。笑を含(ふくみ)て。其日(そのひ)を俟(ま)つ
時頼(ときより)蒙(よつて)_二台命(たいめいに)_一勤(つとむる)_二流鏑馬(やぶさめを)_一話(こと)
鶴(つる)ヶ(が)岡八幡宮(おかはちまんぐう)と崇奉(あがめまつ)るは。古(いにし)へ人皇(にんわう)七十代 後冷泉帝(ごれいぜいてい)の御宇(おんとき)。永承(ゑいせう)
年間(ねんかん)。奥州(おうしう)阿部頼時(あべのよりとき)。王命(わうめい)を背(そむ)き。東国(とうごく)を逆乱(げきらん)なすにより 伊予守(いよのかみ)
源朝臣頼義(みなもとのあそんよりよし)に勅(ちよく)して。叛族(はんぞく)を征伐(せいはつ)なさせ給ふ。頼義(よりよし)東国(とうごく)へ進発(しんはつ)の
折(をり)から。石清水八幡宮(いはしみづはちまんぐう)に祈願(きぐはん)して。終(つひ)に頼時(よりとき)を誅伐(ちうばつ)し。帰洛(きらく)に及(およ)んで
この鎌倉(かまくら)由井郷(ゆいのこう)に。宮居(みやゐ)一宇(いちう)造営(ざうゑい)し八幡宮(はちまんぐ)を勧請(くはんじやう)し給ふ。時(とき)これ
康平(かうへい)六年/秋(あき)八月の事(こと)なりけり。其後(そのゝち)永保(ゑいはう)元年二月。頼義(よりよし)の嫡男(ちやくなん)
陸奥守源朝臣義家(むつのかみみなもとあそんよしいゑ)。あらたに修理(しゆり)を加(くは)へたまふより以来(このかた)。源家(げんけ)累代(るいたい)の
祖神(そじん)と崇(あが)め奉(まつ)りて。宮居(みやゐの)荘厳(さうごん)赫々(かく〳〵)たりしが平治(へいぢ)の乱(みだれ)より。源家(げんけ)衰(おとろ)へ。
平家(へいけ)世(よ)を取(とつ)て五十年。久(ひさ)しく幣帛(へいはく)を捧(さゝぐ)る人(ひと)なく。いつしか宮居(みやゐ)神(かみ)さびて。
殆(ほとん)ど荒廃(くはうはい)せんとせしに。故頼朝卿(こよりともけう)。鎌倉(かまくら)に入給ひてより。修造(しゆざう)遷宮(せんくう)なし