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翻刻
ありて仁治(にんぢ)と改(あらた)む。しかるに同(おなじく)三年六月の末(すゑ)より。右京権大夫泰時(うきやうごんのたゆぶやすとき)重病(ちうびやう)に
かゝり給へば。将軍家(せうぐんけ)を始(はじ)め。嫡孫(ちやくそん)左近将監経時(さこんのせうげんつねとき)。同/舎弟(しやてい)五郎/時頼(ときより)以下(いか)
北条(ほうでう)の一門(いちもん)はいふに及(およ)はず。勤仕(きんし)の大名(たいめう)小名にいたるまで。汗(あせ)を握(にぎ)り息(いき)を呑(の)み。
寺社(じしや)の祈祷(きたう)医鍼(いしん)の療術(れうじゆつ)。其外(そのほか)百計(ひやくけい)をめぐらさると雖(いへど)も。毫毛(かうもう)の霊(れい)
験(げん)もあらず。終(つひ)に春秋(しゆんじう)六十二/歳(さい)。草頭(さうとう)の露(つゆ)とゝもに。消果(きえはて)給ふぞ悲(かな)しけれ。
これによつて泰時(やすとき)嫡孫(ちやくそん)左近将監経時(さこんのせうげんつねとき)を武蔵守(むさしのかみ)に任(にん)ぜられ。執権職(しつけんしよく)を
ぞつとめける。于爰(こゝに)鎌倉(かまくら)の東北(とうぼく)なる。花(はな)ヶ(が)谷(やつ)といへる処(ところ)に。阿曽氏(あそうぢ)と名(な)
乗(のり)。一人(ひとり)老母(らうば)と。雪枝(ゆきへ)といへる処女(むすめ)とすみけり。原(もと)は和田義盛(わだよしもり)の一族(いちぞく)なりしが。
和田(わた)一軍(いちぐん)のとき。父何某(ちゝなにがし)戦死(うちじに)のゝちは。此所(このところ)に侘居(わびすみ)して。細(ほそ)き煙(けふり)を立(たて)けるに。
雪枝(ゆきえ)すでに二八(にはち)の春(はる)をむかへ。天(てん)の做(な)せる美艶(びゑん)にして。巫山(ふさん)の神女(しんぢよ)も
これに増(まさ)るべうは見えざりけるが。極(きはめ)て貞操(ていさう)純孝(じゆんかう)にして。老母(らうぼ)に仕(つか)ゆる事
甚(はなは)だ厚(あつ)く。朝夕(あさゆふ)の孝養(かうやう)怠(おこた)る事(こと)なかりしが。此頃(このころ)老母(らうば)。風(かぜ)の心地(こゝち)とて伏(ふし)けるに。