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饗応(もてなし)に奔走(ほんさう)し。やう〳〵二更(にこう)すぎて隙(ひま)を得(え)しかば。さらば此間(このひま)に参詣(さんけい)せんと。晴(はれ)
わたりたる月(つき)に乗(じやう)し。清光(せいくはう)に心(こゝろ)を澄(すま)して。彼(かの)地蔵堂(ぢざうだう)に詣(まう)て良(やゝ)祈願(きくはん)なし。既(すで)
に身(み)を起(おこ)し帰(かへ)らんとする折(をり)から。雪枝(ゆきえ)も明神(めうじん)より帰(かへ)り来(き)たり。此(この)地蔵堂(ぢざうだう)
の前(まへ)を過(すぎ)んとするに。豈不計(おもひもよらず)人(ひと)の突出(つといで)しに。心中(しんちう)に驚(おどろき)しが。殊勝気(しゆしやうげ)なる僧(しゆつ)
侶(け)なれば。些(すこ)し心(こゝろ)を休(やす)んじ。一揖(ゑしやく)して過(すぐ)るに。正覚坊(せうがくばう)もいぶかしく。未(いまだ)年若(としわか)き
小童(わかしゆ)の。深更(しんかう)といひ供(とも)もなく。忍(しの)びやかに打過(うちすぐ)るは。若哉(もしや)狐狸(こり)の類(たぐ)ひならめやと。
吃度(きつと)【屹度ヵ】目(め)をとめ熟(よく)見るに。袗(えり)【衿ヵ】元(もと)宛(あたか)も雪(ゆき)を欺(あざむ)き。乱(みだ)れたれども髪際(かみぎは)美(うるは)しく。
緑(みどり)の黒髪(くろかみ)手房(たぶ)やかにして。其(その)風姿(ふうし)艶容(えんやう)たたふるに【たとふるにヵ】物(もの)なし。正覚坊(せうかくはう)猶(なほ)も不(ふ)
審(しん)し。小童(わらは)が後(しりへ)に随(そ)ふて行(ゆく)に。雪枝(ゆきえ)も純孝(じゆんかう)の志(こゝろざし)は雄々(をゝ)しけれど。流石(さすが)女の
心/細(ほそ)く。僧徒(さうと)の事(こと)なればよき道(みち)の辺(べ)の力艸(ちからぐさ)と。徐々(しづか)に歩行(ゆけ)は正覚坊(せうかくばう)。やがて
おし並(なら)び面(おもて)を見るに。原(もと)より十二分(しうにぶん)の顔色(がんしよく)。ことさら男行装(をとこでたち)に猶(なほ)麗(うるは)しく。愛敬(あいけう)
盈(こぼ)るゝ計(ばかり)なるに。左(さ)ばかり堅固(けんご)の鉄心(てつしん)も。こゝに蕩(とろけ)て淫念(いんねん)発動(きざし)。我(われ)を忘(わす)れて