Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション3

. Japonais 180-181 - 翻刻

. Japonais 180-181 - ページ 97

ページ: 97

翻刻

召出(めしいだ)し給ふに。此(この)とき老母(らうぼ)既(すで)に死(しゝ)て。雪枝(ゆきえ)ひとり歎(なけ)きの中(うち)に。喪(も)を勉(つとむ)るよし を申上ければ。時頼(ときより)舎兄(しやけう)と談(だん)じ。その純孝(じゆんかう)を厚(あつ)く賞(しやう)し。金銭(きん〴〵)多(おほ)く賜(たま)はり。 心(こゝろの)まゝに仏事(ぶつし)作善(さぜん)なさしめ。五旬(ごしゆん)の喪(も)果(おは)りてのち。時頼(ときより)の計(はから)ひとして。御簾中(ごれんちう) に仕官(みやづかへ)なさしめ。食禄(しよくろく)あまた賜(たま)ひける。去程(さるほど)に将軍頼経(せうぐんよりつね)公には。御嫡男(ごちやくなん)頼嗣(よりづく) 君(ぎみ)。いまだ六/歳(さい)にならせ給ふを。倉卒(にはか)に御元服(おげんぶく)の儀式(ぎしき)を 執行(とりおこなは)しめ給ふ。織部正(おりべのかみ) 晴賢(はるかた)。日時(にちじ)の勘文(かんぶん)を奉(たてまつ)り。御理髪(ごりはつ)北条時頼(ほうでうときより)。御加冠(ごかくはん)は武蔵守経時(むさしのかみつねとき)ぞ つとめらる。時(とき)これ寛元(くはんげん)二年四月廿一日。抑(そも〳〵)頼嗣公(よりつぐこう)の御母(おんはゝ)は。所謂(いはゆる)大納言(だいなごん) 定能卿(さだよしけう)の御孫(おんまご)。中納言親能卿(ちうなごんちかよしけう)の御息女(ごそくじよ)にて。二棟(ふたむね)の御方(おんかた)と申けり。されば 新左衛門尉盛時(しんざゑもんのでうもりとき)を以(もつ)て。頼嗣(よりつぐ)将軍(せうぐん)たらん事を奏(そう)せしめ給ふ。盛時(もりとき)台命(たいめい) を畏(かしこ)み。即日(そくじつ)鎌倉(かまくら)をうち立(たつ)て。昼夜(ちうや)をわかたず上洛(せうらく)し。台命(たいめい)の趣旨(おもむき)を 奏(そう)し奉(たてまつ)るに。首尾(しゆび)よく宣下(せんげ)の綸旨(りんし)を給はり。則五月五日に鎌倉(かまくら)に帰着(きちやく) なし。直(たゞち)に綸旨(りんし)を奉(たてまつ)れば。頼経(よりつね)公/満足(まんぞく)し給ひ。こと(こと)更(さら)菖蒲(あやめ)の佳辰(かうしん)【かしんヵ】也とて