翻刻
橋不残焼落此時爰にて死する者弐千六百人余夫ゟ三
縁寺へ火移り六目より南本所を焼払ひ翌月朔
日巳の上刻に火は漸鎮りける大小名の屋形三百余軒
町々弐万軒余其外社堂寺院其数を知らす南北
二里不と東西三里余之所昨くとして辺りもなく荒
茫たる野原となり翌月十二月朔日也夫ゟ親を尋
子を失ひ主人を失ひ妻をなくし男を尋候人両
国の川端に来り難き悲しみ尋ける段々にしが死骸を
引上つみ重ねならへ置たる有様川岸に塩肴を
つみしかことく恐ろしき事共あわれなる有様な
り主ある人は死骸を持行数万の男女泣悲しみ
壱人〳〵に尋改目もあてられぬ計也酉の年大火
事如斯のよし申伝へけれ共あまり夫にもお
とるましき天変なり主知れぬは皆無縁寺へ葬
海に流れ出たる死骸も幾百人といふ事を知ら
す二三日過て水底より浮上りて川流に成も夥
し其中に盗ひと来りてうそなきに涙悲に人を尋
るふりして死骸を壱人〳〵さくり懐中の鼻紙袋守
ごく袋首に置たる金財布なと皆取けるこそ誠に正
真の鬼也と人々云あへり夫ゟ大小名町に迠相応
〳〵に仮り小屋を建雨風を凌きける金銀をちり
はめたる旧舘一朝の土灰と変して浅ましかりし
有様なり富貴の町人も家蔵を焼妻子を失ひ
親を失ひ手と身からに成も有無是惟本国へ行
も有又は出家に成も有乱心して自滅するも有
かゝる事を見ながらも此時焼ぬ町人共は悦竹