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【右丁】
【冒頭上段】
王城 西と南 高(こう)山
北 城下(しやうか)町也
【冒頭下段】
東に海(うみ)へ續(つゞき)たる大川あり此川西山小村一つゞつ【へつゞくヵ】なり
艮(うしとら)百里に西山国有 但(たゞ)し舟路(ふなじ)三日也大舟一時に六里
ヅヽ行一日三十六里尤日本道の積(つもり)也西山小村とハ別也
四方十二 所(ところ)石炭【火矢ヵ】臺(いしびやだい)仕掛(しかけ)有(あり)東は海へ續(つゞき)たる大 河(が)也城中
地行(ぢぎやう)次第(しだい)に高(たか)し内に五重塔(ごぢうのとう)在(あり)凡二十丈斗《割書:但し清朝|の国々にも》
《割書:五重塔城内城|外に不残有》甚(はなはだ)見事(みこと)なり《割書:城中の次第追々|奥へ文につゝくなり》土地(とち)日本よ
りハ坤(ひつじさる)に當(あた)り至(いたり)て暖国(だんこく)なり《割書:四季ともに単物なり綿入なし|極暑にハ中より以下裸身おゝし》
年中 瓜(うり)茄子(なすび)西瓜(すいくわ)梅(むめ)竹子(たけのこ)蜜柑(みかん)橙(だい〳〵)あり日月 長短(てうたん)□(しやう〳〵)
違(ちか)ひ在(あり)といへど日本の暦(こよみ)と閏(うるふ)月など同じ事なり
《割書:大清廣東州と安南国とハ舟路五十日も安南國南にへたゝりある国なれと廣|東にてハ潤月日本とハ二三ケ月の至るなり凡五十日舟路一晝夜にて日本道》
【左丁】
《割書:七十里はかりの積りなり気候(きこう)ハ大きに|違ひ在日月の周(めくり)り潤月なと同し事也》于時 景興(けいこう)五十五年十二月廿日
寛政六寅年ニ當ル安南国年号也
西山(さいさん)小村より川舟にて艮(うしとら)の川口に着(つく)夫(それ)より一町ばかり
にて城下(しやうかの)入口也《割書:入口に|門有》尤 大道(だいどふ)に小石(こいし)などハなし只 砂地(すなち)也
一町々に門在《割書:尤所々城見附の|門ハ至而厳重也》家造(やづくり)ハ瓦葺(かわらぶき)一 軒(けん)もなし
のこらず屋根(やね)は路葉(ろば)又カチヤンといふものにてふくなり
《割書:此事|奥ニ有》柱(はしら)ハ壱丈斗の太(ふと)き丸太づくり也 壁(かべ)にも路葉(ろば)カチヤ
ンを纲(あみ)《割書:土は|ぬらす》商人店(あきんとみせ)両側(りやうかわ)に立續(たちつゞき)候事日本に少もかわる
ことなし城下ハ日本 東都(ゑど)程(ほど)も在(あり)道筋 警固(けいご)騎馬(きバ)三人
中官十人下官廿人 雑兵(そうひやう)駕籠(かご)人足(にんそく)惣而(すべて)六十人 都合(つがう)百人