翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

南漂記 - 翻刻

南漂記 - ページ 68

ページ: 68

翻刻

【右丁】 日天をゆびざせしハ出帆(しゆつはん)の日を尋(たつぬ)ることならんと指(ゆび)一本 差出(さしいだ)し明日と云(いふ)事をしらすれバ詞(ことハ)もなくて打たをれ なげきかなしみ居(ゐ)る躰(てい)にめい〳〵もむねにせまり老(ろう)人の心 遣(つか)ひをさつし様々(さま〳〵)なだめ抱(だき)おこせバ三人の兄弟(けふだい)も入来り 母親(はゝをや)をなぐさめ夫(それ)より十人の者(もの)どもと親(をや)子四人 盃(さかづき)をなし 数刻(すうこく)に及(をよ)び永(なが)き別(わか)れの晦乞(いとまごひ)【ママ】なし門(かと)口まで老母(ろうほ)を送(をく) り帰(かへ)しけり明れバ四月卅日の朝(あさ)出(しゆつ)帆の時(とき)来りと名残(なこり)の 一夜を明(あか)しける《割書:但し翌四月卅日南風に帆をあけ阿蘭陀舩に乗|川口より一里はかりも来り候所濱邊に大勢の人》 《割書:相待又々酒肴を出し晦乞なせし也|いたつて深節なりしことともなり》 【左丁】      西山征伐 艮(うしとら)百里に當(あたり)て西山国ハ戸 数(かず)壱万 有余(ゆふよ)の嶋なり始(はしめ)安 南国より鎮番(ちんばん)の置(をき)し属(しよく)国にて先(せん)國王の代 迄(まで)五年 替(かハ)り番 代(だい)をつかわし事の決(けつ)し難(がた)きハ王城へ窺(うかゞ)ひ賞(しやう) 罪(ばつ)在りし處(ところ)に先王の寵官(ちやうくハん)命(めい)に依(より)て彼(かの)国に至(いた)り仁(じん) 心(しん)の以(もつ)て国人を懐(なづ)け新法(しんほう)を立(たて)て政事(せいじ)を寛(ゆる)めけれバ 国中こぞつて尊敬(そんけい)なし只(たゝ)何(いつ)までも番代のかわらぬこ とを申あへり時(とき)に五年目に當(あた)り王城(わうじやう)にても後(のち)の番 代を評(ひやう)義ある所へ西山国の人 民(みん)王城へ願(ねかい)書を出し