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なし火はかはけるにつき水はひきゝに流るゝ事常の理也菊水の流を
川原より見れはいか様にも高きに流るゝか如く是はかしこのみに限らす
いつこにも山里の掛樋は皆かくのことし滝の流も河原皆石なか故
水は下へぬけ行也一条関白兼良公の藤川の記に江州醒ヶ井に流るゝよし
見えたり又歌もあり〽わかえつゝ見るよしもかな滝の水老を養ふ名に流
れなばといへり爰に雨も止けれは重明もかへりけり
鍛冶譜曰濃州多藝郡志津ノ鍛冶志津三郎兼氏後来_二 相州_一 爲_二 正
宗弟子_一能_二 薙刀_一 称_レ世 ̄ニ号_二 志津 象(かた)_一 云〻誠や三郎か砥石と
言伝て善教寺といふ寺の境内にあり《割書:下略|》
三野の中道《割書:付|》飯の木氏神の事関ヶ原より牧田沢田なとの道をみの中
道といふとかや好忠家集に〽東路のみのゝ中道絶しよりわか身に秋の
来るとしりにき そのむかしは養老の梺大河にして伊勢尾張へ船路成
しも年をへてうもりしにや今はやう〳〵源氏橋(ケジハシ)《割書:飯木よ り養老へ|行右小キ板橋也》の辺り
流もかすか也相伝ふ勢至といふ在所はむかし船の問丸ありし所也と
家俊或歳残暑の比の夕暮れげし橋に涼む青衣着たる老人白衣
着たると二人来たり家俊に告て曰汝おもはく源氏橋と名付しは何
故や覧と我〳〵語りて聞すへし二条院御宇平治元年己卯左馬頭
源義朝合戦に打負給ひ都より尾張路さして落行玉ふに此所迄
従へ玉ふ人〳〵も此彼に残し鷹栖玄光《割書:平治物語云青墓宿大炊ノ長カ弟実|名真遠云〻猶委彼書ヲ見ルヘシ》
法師一人くし給ひて此川より船にめされける其時甲を掛し松老
木と成て今も神明の境内に在白旗一流此地に残させ給ひしを
土人祭りて神と崇む高木氏《割書:飯木の|氏也》か屋敷に宝永年中まて小祠
【右頁書込み】
《割書:志津ハ|タギノ郡》
《割書:戸田侯領|○眉尖刀》
《割書:ナキナタノ|正字》
【左頁書込み】
《割書:此大河と云は|藍染川の》
《割書:事也いよ|〳〵しりぬ》
《割書:たぎ野に|川の横た》
《割書:はりし| ことを》
《割書:委は予か別|記にあり》
《割書:此川といふは|アイソメ川の》
《割書:事也|神明は飯木》
《割書:村東に有|此地とさしゝは》
《割書:家俊か里ニて|飯木村也|》