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在しか頽廃して今はなしされは源氏の大将船にめされし所なれは橋の名と
する也抑去年よりことしきのふよりけふ世衰て人の情も只歎かしきは是也
物の滅ふ事此川水のあ【浅】せ旗の社のみにあらす神道衰て両部習合し
仏道衰て僧尼を軽んし夫婦の道衰て誠少く凡五常の道
おとろえて浅ましき哉近年此辺りの閭里年頭の賀をたにやめて互に
往来もなし《割書:中略|》いでや享保の比榛の木の産土神八幡大神神躰なきを
かなしみ丸毛氏《割書:はりの木村の|農夫》神体を設く自余の百姓は皆いふ昔より神躰
なし今改め設て益なしと終に神躰を捨て元の如し《割書:中略|》上古の如く
明鏡を懸て神霊に表すへし二人の翁詞を揃へよしなし言に時移
れりいさ帰らんと家俊とはくめなれぬ人の物語掌をさすかことしいかなる
人にまします答て云甲掛の松の情白旗の神は我也とて告給ふ
関の藤川関ヶ原の西近江国坂田郡藤川駅の方より流たるよし也古今集
大歌所御歌〽みのゝ国関の藤川絶すして君に仕へん万代まてに
旁注に是は元慶の御へのみのゝ歌とあり私に云此歌を本歌にして
世〻の好士はよめる也風雅集続古今集続拾遺集新後撰続後
拾遺続千載新千載等に載る処あまた也定家卿藤川百首といふも
此藤川を巻頭にせさせ玉ふ故しかいふ也又藤川の記といへる書は文明
五年一条禅閤御所一見せさせ給ふ時の道の記なり
今須《割書:不破郡|》此山の神やいますの手向せん紅葉の幣はとりあへすとも《割書:是は藤川の|記にあり》
山中西鶯滝黒地橋〽ほとゝきすおのか五月の山中におほつかなくも音を
しのふ哉云〻往来の南道の下に当耆(タギ)あり鶯瀧といふ夏きては
鳴音をきかぬ鶯の瀧の南や流あふらん黒地川といふあり川の幅狭
【右頁書込み】
《割書:凡多藝郡一郡|いとよき事》
《割書:しれる里たに|礼賀朔日一日》
《割書:に限る事|あり世の》
《割書:ならはし|あきまし〳〵》
【左頁書込み】
《割書: 京極黄門|藤川百首ニ》
《割書:関路早春|たのめこし》
《割書:関の藤川春きてもふかき霞に》
《割書:したむせひつゝ》
《割書:文明は百四代|土御門年号也》
《割書:一条禅閣は|兼良公也》
《割書:号後成恩寺|》