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月吉の里
土岐の郡 夫木集重之 旅人の侘敷ものは草枕雪降ときの郡成けり
尾総橋《割書:方縣郡雄総村也或曰長良川にむかし有し橋也と云〻良川の所に記?すへかりし|を前後し侍る》
名歌集衣笠内大臣〽かりそめに見しはかりなるはし鷹のをぶさの
橋を恋やわたらん 藤川の記〽七夕のあふせは遠き鵲のをぶさの
橋をまつやわたらむ
母山《割書:卜部兼邦神道ノ百首に喪山とかけり本居宣長か神代正語も喪山と書り藤川の記には母|山の心によめり柴足不審》
或曰武儀郡大矢田村の山也と藤川の記に〽はゝ木〻の梢ありとも
見えなくに誰か母山と名付そめけん
寝覚里 《割書:或云赤坂の北市橋なといふ辺に片山村といふあり此片山村をいふと尾張の|宮駅の浜鳥居の東にも有》
夫木集伊勢大輔〽風の音におとろかれてや吾妹子かね覚の里
に衣打らん 藤川の記〽時鳥ねさめの里にやとらすはいかてか聞人よいの一声
往来松《割書:厚見郡加納城の西に在|》松平丹波守光永加納城に在し時往来の
松と名付らる其後山城国淀の城に移られて後陪従の人の歌に
〽明暮になかめし松を古郷の人のゆきしのたよりにそきく
霊元法皇御所叡覧に逢し名木となる
八十一隣他 《割書:或云可児郡久〻利也御嵩宿の南行幸の時鯉おわし池の旧跡也|》
或曰景行天皇《割書:人王|十二代》四年二月行幸十一月還幸と日本記に有と云〻夫
木集よみ人しらす〽いとねたしくゝりの宮の池にすむこひゆへ人に欺れ
ぬる同く集に光頼〽たのめたゝくゝりの池に住ときく恋こそ道の
しるべとはなれ
埜上の里 《割書:不破郡関ケ原ノ東|》或曰天武天皇《割書:人王|四十代》元年六月行幸九月還
【右頁「寝覚里」の上に書込み】
《割書:古今六帖ニ|あつまちの》
《割書:ねさめの里ははつ秋の|》
【左頁書込み、右頁の続き】
《割書:長き夜ひとり明す我かも 是は躬恒か歌也|》
【左頁「八十一隣他」の上に書込み】
《割書:古書|詠他と》
《割書:書也|》