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三輪清輔帒草紙云《割書:大原野御歌〽明のいたるおりをしらぬも哀也つとめて|も見よくるゝ日やなき是コモリタル修行者詠之》
〽食とするこのはゝ風にちりはてぬ露の命を何にかけまし此歌
は御返答也又云此歌は美濃国山形郡三輪ノ社ノ神歌《割書:云〻|》
和射見(ワサミ) 《割書:或曰不破郡車返しの坂の|南に鴫沢と云田ノ辺なり》或物云万葉第二柿本人丸長歌詞
書そともの国万木たてるふは山こえてこまつるぎわさみか原の
かり宮にやすもりましてとつゝけよめりわさみか原はみのゝ国に有
こま釼は高麗釼也是は釼にはさひといふものゝ出る故にてわさみ
か原とはさびといふ心にてつゝけたるか日本記の歌に〽八雲たついづも
たけるかはけるたちつゝらさわまきさひなしにあわれひとみと同
韻【韵】の字なれはさびさみ同し義か或人の説にはこま人の釼には鍔
なとはなくて輪を懸たりわといふ詞つゝけんとてかくいへるかと云〻
又万葉十一に〽わきも子か笠のかりてのわさみのに我は入ぬと妹につ
けこそ 此歌笠の借手のとは笠に緒を付る処にはちいさき輪
を作りてそれより緒を付る也其輪を笠のかりてといふ也仍笠
のかりてのわさみのとはつゝけたると云〻堀川百首公実卿〽真
菅よき笠のかりてのわさみのを打きてのみや過わたるへき 藤
川記〽明くれはしけきうきみのわさみ野に猶分迷ふ夏草の
露或云天武帝行幸の事日本紀に有と又云持統天皇《割書:人王四|十一代》
大宝《割書:四十二代文武|天皇ノ年号》二年《割書:壬|刁》十一月行幸参河国行幸の時美濃にかり
宮を立られ五日ほとませし
不破の月見十五日彼人〳〵に誘なはれ不破にいたるまづ関ヶ原にそ
着にける爰も古き名ところにや遠近抄歌に〽鶯の鳴つる
【左頁書込み】
《割書:吾妹子の歌|人丸歌也》
《割書:藤川記の記の|歌は》
《割書:しけきうき|みのわざみ》
《割書:のと続られ|たり然は》
《割書:わざみ共|いふへきや》