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〽葺かへて月こそもらね板ひさしとく住あらせ不破の関守続後
拾遺に藤原行朝〽こととはん不破の関守なそもかく見るたひ毎に
あれ増からん新後撰信実〽秋風に不破の関屋のあれまくも
おしからぬまて月そもり来るなと聞えたり歌人の情誠に浅からぬ
事ならすや愚夫愚婦はせむるにたらす今の人反歌の一首をも
つらね此頃の俳人すら是を察せぬにやともにたゝ名月の台
にすはりたるをのみ歓ふ夫不破は天武天皇吉野より伊勢を
経て美濃に入給?ひ不破の関を塞き給ひしは大友皇子を
亡し給ん為也尓【示?】来古跡となり故人にも知られて万葉に不破
山とよひ三代集八代集十三代集其外浜の真砂の撰集に
其名高し愚俗は其わきまへもなくひたすら満月の峰のわかれ
をたのしむのみいと口おし心あらむ人は春は花の由きゝ夏は郭公のよす
か秋は菊もみちの■■月は更也冬の雪霜に付ても翫ふへき事
也されは後鳥羽院の御集に〽不破の山風もたまらぬ関の屋をもる
とはなしに咲る華かな夫木集仲正〽見るほとに人とまりけりいはで
たゝ華に任せよ不破の関守同し集に光俊〽山陰の不破の
関守とはすとも心と名のる郭公哉同集隆信〽不破の山紅葉散
かふ梢よりあらしをこさぬ関守もかな後堀川百首仲実〽東路の
不破の関屋の鈴虫を駅にふると思ひけるかなむかしの人はから華
も紅葉も読玉へりしかりとて月を捨よとにはあらす月はいふにや
およふ中にも今夜の良夜とする事は和漢相同し下略
【右頁書込み】
《割書:拾芥抄|日本三関》
《割書: 鈴鹿| 不破》
《割書: 逢坂|》
【左頁書込み】
《割書:乗邨云是まて埴生涼風のぬき書也是は延享四年の著述なり以下は|後篇の抄書也是山崎柴足か記にて文化丙寅源忠玉といへるか序あり》