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通りしに日のめ見えぬ所侍りし吉野熊野抔大なる深林にて
ありき然るに近年五六十年此かた天下兵乱なく静成
時運にあたりて文武の教なけれは国郡の主も人に君たるの道
をしらす栄花の奢を事とせり其上に仏者の奢を極め
無道至極して天下の山林を伐あらしたれは郡国のあさ山は
忽尽て吉野熊野木曽土佐等の深山より日本国の材木
を出す事なれは山を田畠と心得て材木に依て露命を
つなくもの幾千万といふ数をしらす世中騒しくならは此杣
によりたる者共木を伐て米にかへんとするも誰か求む筏
にて下すとも乱取にこそはとらめ其上軍国の費扶持方
に迷惑して前後を忘すへけれは家居の奢も誰かせむ堂
寺をも誰か修理せん此多くの者共の山林を田畠と心得たるは
元より田地はなし忽飢に及ふ事なれは是非なく一揆を起して
賊と成へし昔の安かりし深山は今はかへりて難儀成へし妻
子の置処には思ひもよらぬ昔楠なとは百姓に情をかけ置
て上に思ひ付たる故に天下を敵に引受たれ共自分の妻子
より家中の諸士の足弱まても深山に隠し置何の気遣ひ
もなく百姓等に養はれ一人身に成て一人当千の働もしたり
大軍よすれは深山に入かへれは又出て敵をも思ふさまになや
ましたれ今百姓と地頭とは仇敵より深き恨あり何事そ
あれかな恨を報せんとこそ待らめ不仁無道の奢の報ひ
とは言なから情なく哀成事たゝかたき恥を見んこそいた