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家康公御馳走の亭主被仰付夥しき振舞の用意をさせ
其最中に備中高松の後詰被仰付しかはとかく使はるゝは身の
難ほと有まじきと思ひて恥かしめのすゝぎがてら謀反したる
也明智に有ては重〻罪なれ共信長公も亦罪あり叡山高
野の事なし共必此の災有へし信長公のとかく長久成間敷
凶徳をはいはで叡山高野の故といふは愚か也又信長を鬼と
いふは猶はかなし鬼に亡さるゝ仏法ならは衆生を救はんと
いふも非之今の加賀殿の先祖は北国にて叡山高野にも劣
らぬ大寺を合戦して悉く打亡し悪僧共の首多く切懸
られぬしかれ共其身に悪逆なかりしかは却て三ケ国の主と
なりぬ是をは伽藍を亡したる利生といはんか利生にも非す
只有へき道也平家も奢と無道となくは宮も御謀叛あらじ
しからは奈良も焼れし信長も其身仁義おはせましかは明智か
難もあらじ天下は程なく手に入へし叡山は奢に依て自
滅すへし武士云世間の人の申伝には唐僧の来りたる後に飢
饉か兵乱か有之候昔よりの前表一度もはつれなく候又大仏
建立も日本の不吉と申侍り拙者の存候は唐僧の来は日本
の仏法佛も正しく成へき程に能事也大仏も昔より有来の
物にて侍りぬ此二色にて世中の凶事とは道理の聞えぬ事
にて御座候社家云唐僧を招き大仏を建立被成事は
今はしらず古へは愚痴か無分別かの間より出たる事にて
侍り聖武帝の大仏建給ひしは愚か也秀吉の今の京