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侍らん昔唐土にて都を立ん処を見廻りしに一人の大臣は海川の
通路よき地を見たてぬ一人の大臣は海川の通路なきにもあらす
又自由にはなき地を見立ぬ諸人みな此通路よき地に
同心す一人の云不然自由なる地に都を立て城を立れば
商人次第に富て士大夫次第に貧しく成者也士大夫貧しく
なれは民国窮する者也民国窮して農に利なけれは遊民
次第に多く成もの也遊民多くなれは奉公人少なきもの也
商人の手に天下の財宝集る時は諸色の売買物高直
に成もの也売物高直なれは諸侯大夫士の大身小身共に財
用たらす財用たらされは民にむさほる故に民国窮す民
苦んて農作利なく商人の手まわし自由なれは田畠を捨
て商人に付ん事を願へり町人の富るはのふらくを事とすれは天下
の風俗みたれて遊民多し一度遊民と成たる者は心それて人事
をいとひ奉公せんことを願はす此故に禄を受る人は大身小身
共に日〻にすり切町人は日〻に富て富諸侯の上に出るといへり
日本にても神武皇帝の都を難波の津に建給て大和の国中の
通路あつて自由ならぬ地に定給ひし事は深慮おはしまし
たるなるへし又日本の中昔七堂伽藍を建し時智者あり
なけきいふ千里四方つゝかぬ国には虎すます百里四方なき国
には狐をらす仏法の大仏伽藍は天竺中国の大国にて作出
したる物也それたに聖人は たかき(、、、)屋(、)ゑかけるかき(、、、、、)は亡国の
の相也と仰られたり況や日本の国を幾つも合せたる程成