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十にて七ツ坊主にかゝり候事はいかなる積にて侍るや社家云
町人の積り能ものゝ積と申侍り京都の洛中洛外ニて一年
の寺の作事の入用の大小遠近をならして六十年以来に毎
年に銀五千貫目ツヽ入と也秀吉大仏を建られしより此かた
大方卅万貫目也扨は国〻の寺の作事入用皆〻銀高にては
見えね共諸旦那共の竹木諸色にて害をする也寺領の山林
を伐て立る迄かけて銀高に直しならしみれは大国小国遠
近おしこめて内ばをとりて六十年此かた毎年銀七万貫目
宛は入と也六十年には四百廿万貫目のよし此銀は半分にも
せよ天下をめくりて有ものなれは不苦其銀高の材木の毎
年切とらるゝ事はいか成山林ニても続くへき様なし 武士云
出家と成ておるか俗と成ておるかの違ひニてこそ候へ皆世中
に住へきものゝ風雨を防く家なれは皆〻費共申かたからん
か 社家云出家と成ものは皆わつか成ものゝ事なれは其侭
おけは田畠をかへし塩いはしを売小者若党奉公する者
共也公家の子ならは社家儒者共成へし武家の子ならは
小姓共成へしたとへ家を持とても其家内の人数やうやく
住ほとの事也然るに坊主の堂塔寺は木像一ツ置とては
空〻としたる大なる堂を作り塔をたて庫理客殿方丈
なとゝておひたゝしき物を作りならへ皆無用の費言語に
延かたし此坊主共を其生付の器量ほとに還俗させ恰
好に屋を作りとらせなは其寺の作事の十分か一も入へからす