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【右丁】
無名抄(むめうしやう)にいへる《振り仮名:井堤の蛙| いで かはず》こそいまのかしかといふにはよく當(あた)
れり
○其文に曰
《振り仮名:井堤の蛙| いで かはず》は外(ほか)に侍(はべ)らずたゞ此(この)井堤(いで)の川にのみ侍(はべ)るなり色(いろ)黒(くろ)き
やうにていと大(おほ)きにあらずよのつねのかへるのやうにあら
はにおどりありしことなとも侍(はべ)らずつねに水(みつ)にのみすみ
て夜更(よふく)るほどにかれが鳴(なき)たるはいみじく心(こゝろ)すみて物(もの)あはれ
なる聲(こへ)にて侍(はべ)る云々
是今(これいま)洛(らく)には八瀬(やせ)にもとめ浪花(なには)の人(ひと)は有馬鼓(ありまつゞみ)が瀧(たき)の邉(へん)に捕(と)る物(もの)
即(すなはち)《振り仮名:井堤の蛙| いで かはず》に同物(どうぶつ)にして今(いま)のかしかなる事(こと)疑(うた)かふべくもあらず
されば和歌(わか)にはかわつとよみてかしかとはよまざる也かしかの名(な)は弥(いよ〱)
俳言(はいごん)といふに愆(あやま)ちなかるべし昔(むかし)井堤(いで)のかわずをそゝろに愛(あい)せ
しことは書々(しよ〱)に見(みへ)たり今 八背(やせ)有馬(ありま)井堤(いで)に取(と)るもの悉(こと〲)く其(その)聲(こへ)
【左丁】
あるにもあらずかならず閑情(かんせい)に鳴(な)く物(もの)は又 其(その)さまも異(こと)なる
所(ところ)あり是(これ)蝦蟇(かしま)の一 種類(しゆるい)にして蒼黒色(さうこくしよく)也向ふの足(あし)に水(みづ)かきなく
指先(ゆひさき)皆(みな)丸(まる)く清水(しみづ)にすみてなく聲(こへ)夜(よる)はこま鳥(とり)に似(に)てころ〱と
いふがごとく六七月の間(あひた)夜(よる)一時( とき)に一度(いちど)鳴(な)けり晝(ひる)もなきて鵙(もず)の声(こへ)の
如(ごと)し尤(もつとも)足(あし)早(はや)くして捕(とら)ふにやすからざれば夏(なつ)の土用(どよう)の水底(すいてい)に
ある時(とき)をのみ窺(うかゞ)ひて捕(と)れり今(いま)魚(うを)をもて其物(そのもの)に混(こん)ぜしはかのか
しかの俳言(はいごん)よりかはつの昔(むかし)をわすれ元(もと)より長明(ちやうめい)の程(ほど)よりは幾(いく)
たびの変世(へんせい)に下(くだ)り来(き)て近来(きんらい)かしかの名(な)のみをきく覚(おぼ)へかの川原(かはら)
谷川(たにがわ)に出(いで)てごりぎくの聲(こへ)を聞得(きゝえ)て鳴(な)く處(ところ)もおなしければ
是(これ)ぞかしかなりとおもひ定(さだ)めしより乱(みた)れ苧(を)のもとのすぢを
こそ失(うし)なはれぬるやらん
《割書:再考|》
賀茂真淵(かもまふち)古今打聴(こきんうちきくに)云かわづは萬葉(まんよう)にも祝詞(のりと)にも一名(いちめう)